第53章 ファイナル
「……結」
歓喜の嵐で渦巻く青い波の中でただひとり、揺らぐことなく凛と立つ、恋人の姿をとらえた金の瞳がふわりと綻ぶ。
「……結」
その呼びかけに応えるように、『涼太』と何度も形を成す唇が、頬を伝う涙で濡れていく。
その涙を今すぐに拭いたい
小さな手を握りしめて
細い身体を折れるほどに抱きしめて
ともに掴んだ勝利を分かち合いたい
だが、コートの上では、海常の主将として果たすべき責任がまだ残っている。
ふたりだけに分かるアイコンタクトで、お互いの気持ちを確かめ合った後、黄瀬はあらためて観客席を見渡した。
立ち上がり、心からの拍手を送ってくれるたくさんの人の中で、やわらかな雰囲気をまとった氷室辰也と目があったのは、バスケという見えない糸で繋がった、これも奇跡のひとつといえるのかもしれない。
軽く片手を上げて、勝利を祝福するように右目だけで微笑む氷室の隣には、すでに席を立ち、会場を後にしようとするひときわ大きな背中。
挨拶もなく帰ろうとするところが彼らしい。
(紫原っち……)
青峰のスピードと火神の跳躍力だけでは、おそらく桜井のシュートは止められなかっただろう。
それを成し遂げられたのは、まだまだ本家には及ばないものの、『イージスの盾』といまだに恐れられるチームの柱として、最強のディフェンス力を誇る紫原敦という才能のおかげに他ならない。
(今度、アイスおごるっスわ)
冬期限定という文字を見つけて、子供のようにはしゃぐ顔を、また隣で見られる日はきっとそう遠くない。
「また皆で集まって、バスケしたいっスね」
黄瀬はそうつぶやくと、帝光中時代に戻ったようなあどけない顔で、小さく肩を揺らした。