第53章 ファイナル
後半から、噓みたいに身体が軽い。
パスを受けた腕が
コートを蹴る足が
次にどう動けばいいのかを瞬時に判断し、細胞に指示を送っているかのようだ。
こんなに自分の身体が自由に動いたことは、未だかつてなかった。
研ぎ澄まされた感覚が心地いい。
チームメイトの、そして相手の位置がよく見える。
すぐに追いついてきた青峰の動きでさえ。
視線を読め
組み立てろ
コートにはオレの他にも仲間がいる
勝つことがすべてだと思っていたあの頃の自分とはもう決別した。
憧れを捨て、勝敗を分けることになったあのパスが、間違った選択肢ではなかったことを証明するのは、今。
「黄瀬ーーっ!!」
あ。今の声、笠松センパイっスね。
勝っても負けても、また蹴られるんスかね。いい加減カンベンして欲しいっスわ。
「リョーターっ!!決めろっ!!」
これは、いつもクールな色男の声。
ったく、イイ声してるっスね。こんな時でも。
「海常おぉぉ!ファイトーーっ!!」
「いけぇっ!!黄瀬ーーっ!!」
青に染まる応援席から絶えることなく届く力強い声援。
俺の妹に何かしやがったらタダじゃおかねーぞアンテナを今日は封印し、ひとりの先輩として声を嗄らしている恋人の兄も。
同じコートの上でしのぎをけずり、時にはチームメイトとしてともに戦い、時には敵として激突した、かけがえのないライバル達も。
そのすべてが、今の自分を突き動かす原動力となって、身体の隅々まで拡がっていくのが分かる。
「結……」
試合の時はいつも、爪の痕が残るほど握りしめられている小さな手が心配だ。
今頃青い顔して、みんなに心配かけてるんじゃないだろうか。
『じゃあ、また後で』
『ウン。いってくる』
試合前に過ごす、ふたりだけのわずかな時間。
いつも悔しいくらいに冷静な恋人の、めずらしく強張った頬に触れた指先が、そのやわらかさを思い出してピリリと電気を放つ。
(こんな時にオレ、ナニ考えてんスかね)
胸に満ち溢れるあたたかな記憶。
極限の状態なのに、まるで凪のようにおだやかな心の奥から、ふつふつと湧き上がってくる自信と情熱。
そして、勝利への渇望。
解き放て
すべてを
今、この瞬間に
黄瀬は、口から細く息を吐き出すと、ゆっくりと目を閉じた。