第53章 ファイナル
『オレ、どーしても超えたいヒトがいるんスよ』
そう言って天を仰いだ黄瀬は、子供のように無邪気な笑みを、少し大人びたその顔に浮かべた。
人は人と出会い、そして時には道を分かち、喜びも悲しみも己の糧にしながら、与えられた時間を精一杯生きていくのだ。
その中で、人生を変えるような出会いはそう多くはない。
『笠松センパイ!オレ、センパイと同じ大学の推薦もらったんスよ!これでまた一緒にバスケが出来るっスね!』
『はぁ!?』
まるでその背中を追いかけるように進路を決めた黄瀬に、笠松は驚いた表情の中に隠しきれない喜びを浮かべたものの、ウキウキする背中にキレのある蹴りを入れた。
照れ隠しというよりも、それはふたりの挨拶代わり……と言ってしまうのは黄瀬には気の毒な話だが。
『うぎゃっ!ちょ、笠松センパイ!なんで蹴るんスか!?カワイイ後輩とまたバスケが出来て嬉しくないんスか!』
『うっせー!何が可愛い後輩だ!生意気の間違いだろーが!』
黄瀬にとって笠松幸男という存在は、自分を変えてくれた尊敬すべき男のひとりであり、いまだに超えられない大きな壁。
きっと彼はこれからも、あの背中を追いかけていくのだろう。
果たせなかった夢を、同じコートの上で叶えるために。
「とにかく、だな……試合が終わった時に、お前がへばってたら意味ねーからな。無理だけはすんなよ」
「ご心配をおかけしてすいません。さすがに緊張しちゃったみたいで……でも、もう大丈夫です。有難うございました、笠松さん。皆さんも」
ホッとした様子の森山や小堀に、まだぎこちないと知りつつも精一杯の笑みを返すと、大丈夫かと視線で問いかけてくる兄とその恋人に、結はこくりと頷いた。
そして──
脅威的なオフェンス力を誇る桐皇が、じわじわと海常を突き放すかに見えた第3クォーター後半、それは何の前触れもなく訪れた。
ふたつの金の瞳から放たれた一瞬の輝きに気づいたのは、おそらく同じ境地に立った者と、彼を深く知る者だけ。
結は、静かに覚醒しはじめる海常のエースの姿を一瞬たりとも見逃さないように、渦巻く青い波の中で毅然と顎を上げると、新たな展開を迎えようとするコートを見下ろした。