第53章 ファイナル
観客の歓声と両校への声援が、うねりながら高い天井にぶつかり、時に反響しながら、照明の熱にさらされて会場にさらなる熱を生みだす。
「ふ、ぅ……」
瞬きすら忘れて乾く目を固く閉じると、結は喉の奥から息を吐きだした。
指先の感覚はすでにない。
感じるのは、胸の奥で激しく鼓動を打つ心臓の音だけ。
霞がかかったように視界が白くけぶり、得点盤の文字が歪む。
(しっかりしなきゃ。ちゃんと見てるって約束したんだから)
だが、そう思えば思うほど意識は遠のき、座っているはずなのに立ちくらみを起こしてしまいそうな悪寒に、全身が総毛立つ。
その時。
「おい、水原」と背後からの声に、結は小さく飛び上がった。
「は、はい!」
「肩に力入り過ぎてんぞ。そんなんじゃ最後までもたねーだろ、深呼吸しろ」
「……笠松、さん」
笠松は、結の肩を軽く叩くと「大丈夫だ。黄瀬を……アイツらを信じろ。お前が支えてきたチームだろ?」と力強く頷いた。
この不思議な安心感はなんだろう。
海常の絶対的な精神的支柱として、個性の強いチームを引っ張ってきた統率力と、常に周りの状況を判断できる冷静な目。
その黒い瞳にたゆたう揺るぎない意志と、絆という見えない糸でつながった信頼は、間違いなく次の代、そして次の代へと受け継がれていくのだ。
これからもずっと、永遠に。
「少し顔色が悪いな。外の空気でも吸いに行くか」
一秒だって席を離れたくないはずなのに、迷いなく立ち上がろうとする笠松を、結は目で押し留めた。
「──気分が悪くなったらすぐに言え。いいな」
「はい、分かりました」
そんなふたりのやり取りを見守っていた森山の細い目が、何かをさとったように大きく見開かれた。
「笠松、お前また男前度あげて……ま、まさか俺に内緒で可愛い彼女が!?」
「はぁ!?何言ってんだよ!か、か、か、彼女とかいる訳ねーだろ!シバくぞ!」
「ふたりとも静かにしないか。試合が動くぞ」
最後に小堀がふたりをなだめる見慣れた光景に、思わず笑みがこぼれる。
(この人達と出会えて本当によかった。でも、それはきっと彼も……)
結はクリアになった頭の片隅で、スポーツ推薦が正式に決まった時の、恋人の顔を思い出していた。