第53章 ファイナル
やわらかなソフトハットの下から現れたのは、黄瀬とはまた違ったベクトルの魅力を放つ男の顔だった。
彫りの深い目鼻立ちと、口角の切れ上がったうすい唇。
無造作にひとつに結わえられた長めの髪は、闇より濃い漆黒。
「試合前にお騒がせしてゴメンね~」
ライトを浴びて表情を作った瞬間、スタジオ中の人間を魅了し、カメラマンをも圧倒するほどのカリスマ性を今は完璧に隠しながら、蓮二はおどけた顔でひらひらと手を振った。
「ま、まさか……うちの監督、若い頃はモデルだったとか」
「いや。それはありえんだろ……てか、ゲンゲンって……ぷっ」
「聞こえてるぞ!今笑ったのは澤田、お前かっ!」
とばっちりを食らっている澤田に軽く目配せすると、黄瀬は「ほら!レンさんはこっち!」と蓮二の長い腕を引っ張った。
「それ、マジっスか……」
にこやかな顔で事情を話す蓮二とは対照的に、黄瀬はピクピクと頬を引き攣らせた。
「なんで今まで黙ってたんスか。人が悪いにもほどがありますよ」
「悪気はなかったンだって。ほら、俺ってシャイな男だからさ、なかなか言い出せなくて」
「誰がシャイですか。シバくっスよ?」
「はは。今度、お洒落なホテル紹介してやるから勘弁しろよ、な?」
七つ上の海常バスケ部のOB、しかも司令塔として全国大会にも出場を果たしたという蓮二のからかうような声に、黄瀬は連れ出した廊下の壁に背中を預けながら、大きく溜め息をついた。
「生憎、もうレンさんのお世話になることはありませんから」
「お。卒業したら同棲でもするってか」
「ぶはっ!」
「ホント、からかい甲斐があるよな。リョータは」と肩を揺らすのは、事務所の尊敬すべき先輩ではなく、海常バスケ部の先輩としての顔。
今なら分かる。
あの時の態度や厳しい言葉の裏に、どれほどの想いが秘められていたのかを。
素直に認めてはくれないだろうが、きっと彼なりのエールだったのだ。
黄瀬は表情を引き締めると、まっすぐに姿勢を正した。
「レンさん……いや、蓮二センパイ。有難うございます」
深く下げた頭を、ポンと叩く大きな手がゆっくりと離れていく。
「最後まで観てるからな。俺たちの……海常の絆をここまで繋いできた、お前たちの戦いを」
黄瀬は頭を下げたまま、カツカツと廊下を去っていく足音を、心に深く刻みつけた。