第53章 ファイナル
全国一を決める大会を訪れるのは、やはりバスケに関わりのある学生やその関係者。
その証拠に、そこかしこにいるのは、頭ひとつ突きぬけた高身長と、ロビーの混雑を加速させるガタイのいい身体の持ち主ばかり。
「きゃっ!何、あの人。素敵……」
「オーラが凄すぎて……こ、腰が抜けそう」
海を割ったと言われるモーゼの奇跡のように、その男は人波に自分だけの道を作りながら、悠然とロビーに姿を見せた。
スラリとした長身は他と同じなのに、彼の全身をつつみこむオーラはあきらかに異世界のそれ。
「ン~。ひさしぶりだな、この空気」
高い位置にある腰に手を当てて、周囲をぐるりと見渡す視線を浴び、女性たちが悲鳴に近い歓声をあげる。
だが、彼はそんなことにはお構いなしに『関係者以外立ち入り禁止』と示される廊下を見つけると、鼻歌まじりにその長い足を迷いなく前に踏み出した。
「海常の控室は……と、ここか」
コンコンと扉を叩く音ですら、この男が奏でるとどこか違って響くから不思議だ。
「失礼しまーす」と、中から返事がない前に開けたドアの向こう、主将の証である四番の背中が振り返るのを待って、叶蓮二はトップモデルとは違う種類の笑みを、その整った顔に浮かべた。
「レ、レンさん!?」
「オイ!ここは関係者以外は立ち入り禁止……てお前、叶か!?久しぶりだな!」
黄瀬の言葉を上書きする監督の驚愕した声に、一気にざわつく控室をものともせず、蓮二は彼の魅力をさらに引き立てる低音ボイスを響かせた。
「どーもどーも。ご無沙汰してます、ゲンゲン監督。相変わらず立派なお腹で安心しました」と武内に話しかけるモデル事務所の先輩に、黄瀬は目を丸くした。
「ゲン、ゲン……監督?」
「よ、リョータ。白のユニフォームも決まってンじゃん」
「ちょっ、待って……一体、何がどーなって」
「あれ、結ちゃんは?せっかくだからリョータの可愛い彼女の隣で応援しようと思ってたのに、何処いンのかな?」
「や、結は正式な海常のマネージャーじゃないからって、ここに入んの嫌がるんスよ……じゃなくて!なんで!?レンさん、監督と知り合いだったんスか!?」
目深に被った中折れ帽は、フェルト素材なのに光沢を放ち。
流れるような所作で、蓮二はそのつばに手をかけると、優雅にお辞儀をしてみせた。