第53章 ファイナル
ウィンターカップ決勝戦
海常高校 VS 桐皇学園
強豪校同士のその戦いを、キセキの世代の直接対決と呼ぶものは、もう誰もいなかった。
観客席はすでにひとつの空席も見当たらず、立ち見すら出来ずにロビーにあふれかえる人の熱気は、ひと足早いバーゲン会場のようだ。
「すげー人だな……ってオイ!流されてんじゃねーよ!」
水原翔は、人波にさらわれそうになっている恋人の腕を、間一髪というところで引き留めた。
「ご、ごめんなさい。でも大丈夫、翔くんならすぐに見つけられる自信あるから」
「う」
満面の笑みを浮かべながら、無意識に仕掛けてくる攻撃に心臓を撃ち抜かれ、翔は子供のように口を尖らせた。
いつまで経っても主導権は握れそうにない。
(いや。そーじゃない時も、あるにはある……)
クリスマスに過ごした甘い夜を思い出して、世間一般にはイケてるであろう顔をだらしなく緩めたその時。
「水原センパイ!こっちです、こっち!」
黒い短髪は変わらないものの、少し大人びた顔で大きく腕を振っているのは海常の後輩、笠松幸男。
そして、彼の周りにはいつもの面々が懐かしい顔を並べていた。
「おう、笠松!小堀も久しぶりだな。つーか、森山はこっち来んな!」
「ええっ!?水原センパイっ!美しい彼女さんの分まで席を確保した俺に……酷すぎます!」
大切な恋人を背中に隠しながら、小さな手を引いて人の群れをかき分けようとした翔は、「あ」と小さく声を上げて足を止めた彼女を振り返った。
「何。どーした?」
「あ、ううん。知り合い……がいたような気がしたんだけど、気のせいかも」
「いい、のか?」
翔は、彼女がとっさに逸らした視線の先を追いかけようとして、思い留まるように頭を振った。
今は、この手の中のぬくもりと、彼女の気持ちが一番大切で。
「うん。行こ?」
背中に寄り添い、見上げてくる澄んだ瞳を曇らせることはしたくない。
彼女のすべてを知りたいと思うのに、この独占欲を知られるのが怖いなんて、自分でも滑稽すぎて笑える。
(ったく、どんだけ……)
「俺のそばから離れんなよ」
細い指を優しく握りしめると、翔は青に埋め尽くされているであろう観客席へと足を向けた。