第53章 ファイナル
東改札を出れば、もう幾度となく訪れた黄瀬の家へと続く道。そして、反対側は自宅へと続く道。
「家まで送るから」と、いつもと同じ出口へ向かうよう促す手に背中を押され、結はしぶしぶ西改札を通り抜けた。
準決勝で疲労した身体を、少しでも早く帰って休めて欲しいと思っても、心配性の彼はそれを許してはくれないだろう。
だが、いつもなら意気揚々と手を繋いでくるタイミングなのに、ポケットに手を入れたまま、どこかうわの空で視線を彷徨わせる横顔を、結はそっと窺った。
形のいい唇の隙間からこぼれた息がふわりと舞い、彼の想いを代弁するように夜の背景を白く染める。
「……黄瀬さん」
「ん?」
無言で差し出した手に気づいた黄瀬の瞳が丸くなったのは一瞬で、すぐに不安を隠しきれないようにかすかに歪む。
監督と仲間からの信頼は、何よりの力となる反面、その責任はあまりにも重い。
こんな時、どうやって励ませばいいのだろう。
すぐに言葉が出てこない自分が、もどかしくて情けない。
自己嫌悪に目を伏せた結は、「らしくないっスね、下を向くなんて」と響く優しい声に、プイと横を向いた。
「私もそう……思います。すごく、残念ですけど」
「ハハ。悔しそうな顔も可愛いけど、今日のところは残念ついでにオレの手、ずっと握っててくれる?」
そう言って差し出された指先を、結は両手で包みこむと、祈るように自分の額に押し当てた。
「当たり前じゃないですか。ずっと、そばにいますから」
「……結」
「そばに……いさせて下さい」
こうやって触れられない時も、いつも心は彼を求めているのだから。
わずかに体温を取り戻した指から力が抜け、そのままポケットの中にさらわれたかと思うと、深く絡み合う。
見上げた視線の先には、澄んだ夜空に瞬く星よりも美しい、とびきりの笑顔。
結は罪つくりな恋人にぎこちない笑みを返すと、その腕に静かに寄り添った。