第51章 キスミー
「アレ、起きて……たんスか?」
「……おはよう、ございます」
「おはよ」
短く交わす朝の挨拶は、やっぱり照れくさくて、くすぐったい。
「ゆっくり寝られた?あ、そんな訳ないか」
少しずつしらみ始める空から部屋にさしこむ光が、淡い瞳と乱れた金髪に色をもたらす。
こんなにも幸せな景色を、優しいまなざしを、一秒でも長く目に映していられたら。
もぞもぞと寝返りを打つと、結は引き締まった胸に顔をうずめた。
「一緒に暮らすんだったら、こんな……のは駄目、ですからね」
「へ」
ベッドの上で見せる妖艶な表情とはうって変わって、ハトが豆鉄砲をくらったようなビックリ顔は、年相応の高校生。
可愛いなんて言ったら、気を悪くするだろうか。
「今、なんて……?」
「神奈川だったら、別に今まで通りでも問題ないと思うんですけど……」
「ちょっ、ナニ言ってんの!神奈川っていっても、結の大学とは真逆なんスよ。絶対に今より会う時間が減るに決まってるじゃないっスか。オレ、淋しくて死んじゃうっス……」
尻つぼみになる声で、わざとらしい泣き真似をしながら抱きついてくる身体を、結はペシリと叩いた。
「いて」
「ウサギじゃないんですから」
「ヘヘ」と屈託なく笑う恋人に、胸がキュンと切ない声を上げる。
嗚呼、もう本当に敵わない。
額に落ちるキスだけじゃ物足りない……なんて思ってしまった時点で負けは確定だ、悔しいけれど。
さすが海常のエース。
私だけの。
ゆっくりと近づいてくる端整な顔に見惚れていると、伏せられた長いまつ毛が、熱を帯びる瞳に妖しい影を落とす。
「今度、結んちにちゃんと挨拶しに行くからさ……今は」
「なんですか、その悪い顔……」
「ヒドい言われようっスね。でも、嫌いじゃないっしょ?」
好き
大好き
だから今すぐキスして
言葉の代わりに伸ばした手で、勝利を確信する唇に触れ、髪を梳き、耳に光るピアスを揺らす。
「ホント。素直なのは、オレに抱かれてる時だけっスね」
「でも、嫌いじゃない……でしょ?」
丸くなる瞳に宿る色が、「オレだけに言わせるつもりっスか?」と愉快そうに和らぐ。
「べ、別に……」
「答えが欲しいなら聞かせて……可愛い声をもっと、オレだけに」