第51章 キスミー
姉のIDを拝借して予約したのは、横浜駅から徒歩7分の、女性に人気というホテル。
姉への連絡は済ませたし、これで問題はないはずだ。
見返りの靴代は痛かったが、万が一に備え、頼み込んだ苦労が報われる日が来ようとは。
「ふぅ」
指が震えて宿泊カードの文字が歪む。
ホテルにチェックインするのも、彼女を抱くのも、これが初めてという訳ではないのに。
(らしくないっスね)
なんでもスマートにこなしてきたはずの自分の予想外の変化は、だが意外にも居心地のいいものだった。
ロビーに漂うスパイシーな香りを胸に吸い込むと、黄瀬は、表情を変えずに対応するフロントの若い女性から、爽やかにカードキーを受け取った。
ダークブラウンの重厚な外観とは違い、カジュアルな内装が施されたロビーに人はまばらで。
落ち着いたグレーの布張りのソファに、ひとり遠慮がちに座る結の肩に、黄瀬はそっと手を置いた。
ピクリと弾けるそれは、これから訪れる時間への緊張か、それとも。
「お待たせ。行こっか」
「……はい」
そのまま返した手のひらに、迷いなく差し出される指先を強く握りしめると、静かに開くエレベーターに乗り込む。
カードキーを翳し、到着したフロアは四階。
「背番号と同じですね」
「オレもおんなじこと思ってた」
自分と同じ感覚を共有してくれる恋人の肩を引き寄せて、掠めるキスをひとつ。
この唇に触れるのは二週間ぶり。
その唇のやわらかさに、わずかな罪の意識と軽い眩暈を覚えながら、もう一度、今度はゆっくりとくちづける。
「久しぶりだと、なんか新鮮っスね」
「……ちょっと緊張します」
伏せられたまつ毛の下で潤む瞳と、続きをねだるように小さく開く唇。
(マジで、ヤバい……)
こみあげる息苦しさをやり過ごそうと、襟にかけた指で首元を緩め、足早に廊下を進む。
たどり着いた部屋の向こう、黄瀬は結とともに縺れるようになだれ込んだ。
重い扉が閉まるよりも早く、重ねた唇でお互いの吐息を奪いながら、ふたつの身体がベッドに沈む。
照明をつける時間すら惜しんでキスを交わすふたりを照らすのは、縦型のブラインドからわずかに差し込む街の灯りと淡い月明かり。
貪欲さをむき出しに絡む唇は、まるで強い磁石のように引き合い、深く、激しく交わった。