第51章 キスミー
するりと耳から離れていく手に寂しさを覚える間もなく、同じ手で強く肩を抱かれて呼吸が止まる。
「そんなこと言われたら、も……オレ」
身を屈め「どっか泊まってく?オッケーならこのまま頷いて」と耳に落ちる囁きに、結は戸惑いながらもコクリと頷いた。
「じゃ、結の家に連絡しなきゃね」
「あ……じゃあメールで」
「メールじゃなくて電話にしてくれる?電車降りたら、オレが直接話すから」
「え?でも……」
「ダ~メ。大事なことなんだから、ちゃんとオレに話させて。分かった?」
手から奪われた携帯が、黄瀬のポケットに姿を消すと同時に「ちょっと緊張するけどね」と髪をくしゃりと乱す手が、肩に触れ、背中を通りすぎて腰に巻きつく。
公共の場所でギリギリ許される密着度に落ち着きなく視線を動かすと、もう片方の手で自分の携帯を操作する黄瀬の真剣な顔が目に入った。
「何、してるんですか?」
「ん~?泊まれる場所探してるとこ。どっか空いてるといいけど、週末だしなぁ」
画面を器用にスクロールする指が、何かを確認するように軽やかなタップを繰り返す。
今は、高校生でもネットで宿泊先を取れる世の中なのだろうか。
訝しそうに見つめる瞳の意図することを察したのか、黄瀬はイタズラが見つかった少年のような笑みを浮かべた。
「もうレンさんには頼めないと思って、一応裏ワザゲットしたんスよ。まさかホントに使う日が来るとは思ってなかったけどね」
「裏技……」
「そんな目で見ないの。変なとこには連れてかないから……あ、ココ空いてる、けど……セミダブルでもいいっスか?」
「わ、声っ!」
頭ひとつ抜きんでた長身の、背中だけでも十分に目立つオトコの嬉々とした声に、周囲の関心が集中するのは必至。
「もう……穴があったら入りたいデス」
「ゴメン。嬉しくてつい」
反省した様子も見せず、さらに腰を抱いてくる腕に拒む素振りを見せながら、結は同じように緩んでいるであろう表情を隠すように、広い胸に顔をうずめた。
「あ、涼太です。今、結と一緒なんですけど、今日は泊まっていってもいいでしょうか?ハイ、ハイ……そうです」
途中から会話が耳に入ってこない。
通話を終えたらしい黄瀬が笑顔で差し出す携帯を、結は震える手で受け取った。