第51章 キスミー
目立つ髪色をかくすニット帽と黒縁のダテ眼鏡。
ショート丈のダウンジャケットに、長い足をより長く見せる細身のデニム。
今日の黄瀬涼太のファッションは、カジュアルな雰囲気で統一された高校生仕様。
だが、隠しようがないモデル体型と、にじみ出るイケメンオーラに、街ゆく女性達のアンテナが大きく振れるのは必然で。
「ね、あのヒト格好よくない?」
「背高~い、モデルみたい」
その指摘はあながち間違いではない。
ふと顔を上げると、同じ感想を抱いたらしいモデル兼恋人の瞳が、やわらかい弧を描く。
間近で見るその笑顔はもはや歩く凶器。
「店の予約までまだ時間あるけど、どっか行きたいとこある?オレは結と一緒ならどこでもいいっスよ」
「え、っと……」
「ウンウン」と、今から散歩に連れていってもらうのを待つ大型犬が、わくわくした顔でその距離を詰めてくる。
髪の隙間から光るピアスと、眼鏡の奥で瞬く瞳に、続く言葉が出てこない。
「も~。そんな可愛い反応されたらさ、キスしたくなるんスけど」
そっと唇に触れてくる指とイタズラな声に、結は飛びそうになっていた理性をかき集めた。
「だっ、駄目に決まってるじゃないですか。こんなトコで」
「じゃ、誰もいなかったらいいんスか?」
「え」
「へ」
一瞬の沈黙。
見つめ合った後、身体をふたつに折って笑いをこらえる黄瀬の肩がプルプルと震える。
「そ、そんなに笑わなくても……っ」
「ハハ。だってさ、ここはテキトーに突っ込んでくれないと……ホント分かりやすいっていうか、予想外っていうか、たまんないっスわ」
「ム。お笑い芸人じゃないんだから、私にそんなスキルを求めないでください」
「それもそーか。んじゃ、気を取り直して行きますか。久しぶりのデート、楽しみにしてたんスよ」
私も──
言葉にならない返事の代わりに。
優しく包みこんでくる手に、結は自分の指をそっと絡ませた。