第50章 リカバリー
「で、なんなの。その顔は」
「は、はは……」
二夜連続の睡眠不足でぼてりと腫れたまぶたでは、何を言っても説得力に欠ける。
結はあくびを噛み殺しながら、昨日の講義ノートを差し出してくる友人に乾いた笑みを返した。
肌を滑る大きなシャツは、まるで彼に抱きしめられているように優しくしなやかで。
至近距離からダイレクトに届く彼自身の香りと体温に、幸せの鼓動が鳴りやむことはなかった。
『あ、れ……?起きて……たんスか。いつ、から?』
目をしょぼしょぼさせながら、近づいてくる唇が軽いリップ音を立てて額に落ちる。
『……さっきです』
『は。今朝は一段とウソが下手っスね』
『ム』
クスクスと笑う息が頬を、鼻先をくすぐる。
『おはよ、結』
『お、はよ……ございます』
『拗ねたり照れたり、忙しっスね。ホント』
ひとつの布団の中で身を寄せて、ただ深く抱き合う。
息が止まるほどの幸せを、結は胸の奥深くに刻みこんだ。
『で、いつまでイチャイチャしてるつもりなの?アンタ達は』
明け方、起こしに来てくれた彼の母親に何度も頭を下げ、結はいったん家に帰ることにした。
ゆうべと違い、雨上がりの道を並んで歩く時間は一瞬で過ぎていく。
『送ってくれて……有難うございました』
『ウン。また、連絡する』
次の約束が嬉しくて、結はそっと黄瀬の顔を見上げた。
太陽の輪郭を描くふたつの瞳が、淡い朝日に照らされてキラキラと輝いた。
「あ~なるほど。仲直りエッチしてたってことか」
「……は?」
「まさかのオール?まあ、相手は体力も性欲もありあまった高校生。さぞ燃え……」
「わああぁっ!」
とんでもない展開になりそうな言葉を遮り、「違っ!そ、そんなんじゃなくて……確かに昨日は一緒、だったけど」と迷走し始める結に向かって、友人は「一緒だったんだ」とニヤリと笑った。
「……コレ、ありがと。お礼はまた考えとく」
「期待してる……と言いたいとこだけど、とりあえずアンタはその寝不足なんとかしなさい。分かった?」
「う」
「返事は?」
からかうような、でもどこか安心したような横顔に、結はノートの陰でこくりと頷いた。