第49章 プレシャス
一向にやむ気配のない雨音が、ひたひたと鼓膜を満たす。
身体をすっぽりと覆う布団の中で、結はパチリと目を開けた。
「…………ここ、どこ?」
濡れたままじゃ風邪ひくっしょ、と彼の差し出す服をしぶしぶ身につけた後、ソファで甘いホットミルクを飲んだのが最後の記憶。
結は何度か瞬きをすると、今の状況を確認するように辺りを見回した。
いや、正確に言うと、目を動かすことしか出来なかった。
薄暗い空間の中で身体の自由を奪っているのは、あたたかいふたつの腕。
(ああ、そっか……私)
つむじにかかる寝息を感じながらそっと目を閉じると、結は目の前の胸に額をこすりつけた。
「……夢、じゃない」
髪を梳いてくれる指も
手首に触れるやわらかな唇も
深い眠りの中で感じたあの心地よさは、紛れもなく彼の。
『じゃ、帰ろっか』
『……はい』
広げた傘の下で、『ん』と差し出される腕に、結はおずおずと手を添えた。
ひとことも言葉を交わさないまま寄り添って歩く帰り道は、いつもとはまったく違う景色に見えるから不思議だ。
『あ、ちょっとだけ寄り道してもいいっスか?』と入店したコーヒーショップで、彼が何を買うつもりなのかはすぐに分かった。
『結のお母さんも、コーヒー好き?』
『はい。好きですよ』
『……なんか、照れるっス』
『ム、自分に都合よく解釈するのやめてください』
『ヘヘ。だって嬉しいんスもん』
濡れた髪を掻きあげながら微笑むその破壊力を、彼はもっと自覚するべきだ。
(駄目だ、表情筋が勝手に……)
店に響く小さな悲鳴も、集中する熱い視線も、まったく気にすることなく肩を抱く力強い手に、結は身を委ねた。
「涼太……」
溶けあう手を胸に引き寄せて、ゴツゴツとした指に何度も唇を落とす。
首の下にある腕が痺れないように頭の位置を変えながら、結は広い胸に顔をうずめて大きく息を吸った。
「……大好き」
「オレも……好きっスよ」
「!?」
枕がわりの左腕に身体を引き寄せられて、呼吸が止まる。
驚きのあまり声も出せないまま、結はたくましい胸の中でパクパクと口を動かした。