第49章 プレシャス
豆電球のほのかな灯りに、ひっそりと浮かびあがるあどけない寝顔。
片肘をついて、飽きることなく結の髪を梳いていた黄瀬は、再び襲ってくる睡魔に大きく口を開けた。
「ねむ……」
不思議と空腹感は襲ってこなかった。
シャツを掴む小さな手の甲をなでて、細い手首にそっと触れる。
ピクリと反応する指に、黄瀬は自分の指をゆるりと絡めると、口に運んで何度もくちづけた。
「……結」
話したいことがたくさんあったのに、いざとなると思うように言葉が出てこなくて、気がつけば眠りに落ちていた。
早く話がしたい。
無邪気な寝顔も捨てがたいが、花のような笑顔を、澄んだ瞳を、一秒でも長くこの目に焼きつけるから。
「う、……ん」
軽く身じろぎ、背中を向けようとする恋人に苦笑いを浮かべ、黄瀬は繋いだ手をゆるく引っ張った。
寝返りを阻止されて、シワの寄る眉間に小さく噴き出す。
「ぷ。寝てる時くらいオレに甘えてよ」
自分の方に寝返りをうち、甘えた声で『涼太』と寝言──そんな美味しい展開は、都合よく訪れないのが現実だ。
そして、明日待ち受けているであろう監督の叱責も。
言い訳をするつもりはないし、どんなペナルティーでも受ける覚悟は出来ている。
バスケと恋人。
もし、どちらかを選べと言われたなら、迷うことなく後者を選ぶだろう。
(今回のことでハッキリと分かった。オレがどれだけ彼女を必要としているか)
首の下にそっと左腕を差し込んで、引き寄せた身体から伝わる確かな鼓動。
こみ上げる幸せに胸が震える。
『信じてますから。黄瀬涼太という最高のプレイヤーのことを』
力強い声も。
『好き……涼太、もっと、あぁ……っ』
首に巻きつく細い腕も、声を嗄らして乱れる姿も、そのすべてが愛おしい。
『……お願い、離さないで』
もうあんな悲しい事を言わせないように今すぐ彼女のすべてを愛したい。
ただ、今は。
「おやすみ。オレの……」
言葉の代わりに、万感の想いを込めた最上級のくちづけを。
傷が癒えるまで、唇へのキスはしばらくお預けだ。
(ガマン出来るかな、オレ……)
でも、この手があれば他には何も望まない。
指を深く絡ませて、穏やかな寝息を抱きしめるように身体をすり寄せると、黄瀬は重くなるまぶたをゆっくりと閉じた。