第49章 プレシャス
「い、いつから起きて……ひ、ゃっ」
布団の中で絡みつく足に、心拍数は急上昇。
ぴったりと密着する筋肉質な身体に、ドキドキするなという方が無理な話だ。
「……結」
「あ、やっ」
背中をスルリと撫でる手に、結はこぼれ落ちそうになる声を噛み殺した。
(落ち着け……、落ち着かなきゃ)
いつもとは違う寝心地の布団から、今いるところは彼の部屋ではないことを、沸騰する頭で必死に整理。
自宅に帰った記憶はないので、ここは黄瀬宅のひと部屋──おそらく客間なのだろう。
腰に回った手でさらに引き寄せられて、嫌でも意識してしまう昂りから逃れようと、ばたつかせた足が布団を乱す。
「ちょ、駄目……ですって」
大人しくして、とでもいうように絡む長い足にわずかな抵抗すら奪われて、身じろぎひとつ出来ないまま、結は次に訪れる展開に目を固く閉じた。
(どどど……どうしよう。こんなの絶対に駄目なのに……今、求められたら拒めない、かも)
彼の与えてくれる熱と快感をもう知ってしまった。
『オレだけを見て』
その吐息を。
『もっと感じて……もっと深く、オレだけを』
飢えた声を。
『オレの……結、っ』
独占欲に濡れた瞳に見下ろされながら、しなやかなカラダに揺さぶられるあの悦びを。
「……結」とふたたび甘く囁かれて覚悟を決めたその時、全身に痺れをもたらしていた四肢から、ふっと力が抜ける。
「……え」
小さく顔を上げた結は、枕に頭を預けてスヤスヤと眠る恋人の姿に、ポカンと口を開けた。
開いた口がふさがらないというのは、まさに今の状況を指すのだろう。
「黄瀬、さん……?」
「う、う~ん……結」
返ってくるのはムニャムニャと動く唇。
「嘘……寝てるんですか?ホントに?」
顔にかかるキャラメル色の髪を指で払っても、ピクリとも動かない寝顔は、こんな時でも悔しいくらいにキレイで。
(寝言で名前呼ぶなんて、ズルい……)
ひとり先走った羞恥心と、無駄にときめいた胸の高鳴りを、どうやって収拾したらいいのだろう。
「私だってお返しは忘れないんだから……」
標的を定めた猫のように目を光らせると、結はくうくうと眠る恋人の胸元に、かぷりと噛みついた。
end