第49章 プレシャス
「今日は、和室に布団敷いてあるから」
「へ」
いつも以上に軽く感じる身体を抱えあげ、当然のように二階へ連れていこうとした黄瀬は、これまた当然すぎる保護者の提言に、小さく顔をしかめた。
「そう何度も許すわけないでしょ。今までのは特別よ、特別」
「そんな〜」
「ほら。情けない声出してないで、さっさと運びなさい」
すでに彼女の家には連絡して宿泊許可を取り付けてあるという母親の言葉に、逆らうことは出来なかった。
監視役の視線を背中に感じながら、廊下をヒタヒタと歩く。
「よ、っと」
黄瀬は腕の中で眠り続ける恋人を布団の上におろすと、はだけた襟をそっと合わせた。
濡れた服の着替えにと強引に押しつけたのは、真っ白なシャツと部屋着のジャージ。
(ホントはシャツだけが良かったんスけど……)
何度も折り返されたスウェットパンツの裾からのぞく足首の白さが目にまぶしい。
『長すぎです、コレ』と頬を膨らませていた顔を思い出しながら、黄瀬は結の身体にフワリと布団をかけた。
「このまま朝まで目を覚まさないかもしれないわね。その時は、早めに起こしてあげたらいいかしら?シャワーくらい浴びたいだろうし、着替えも必要だからいったん家に帰った方がいいかも」
「ウン、それで頼むっスわ……イテテっ!」
「こら!どさくさに紛れて、なに添い寝しようとしてんの!」
容赦なく耳を引っ張る手に、黄瀬は悲鳴を上げた。
「ちょ、違うってば!結が離さないんスよ、ホラ!」
シャツを握りしめて離そうとしない小さな手を、証拠だと言わんばかりに指さして、黄瀬は涙目で耳を押さえた。
「あら、ほんと。悪かったわね、てっきり……」
「てっきりって……自分の息子をもっと信用してよ」と呆れながら、黄瀬はトロけるような笑顔を浮かべた。
離れたくないのは自分も同じだ。
「結を起こしたくないんスよ。ね、いいっしょ?」と子供のように駄々をこねると、黄瀬は布団にもぐりこんだ。
「仕方ないわね。でも、せっかく仲直りした可愛い彼女に変なことしたら……分かってるでしょーね」
「りょ、了解……っス」
さっきとは別人のように鋭い声色に身震いしながら、黄瀬はひきつる顔で頷いた。