第49章 プレシャス
「……りょう、た……涼太」
「う、う……ん」
いつもと変わらない母親の声に、寝返りを打とうとした黄瀬は、腕の中のぬくもりにふと気づいて、その動きを止めた。
雨の匂いにまぎれて鼻腔に届くシャンプーの香りにホッと息を吐く。
(あぁ、夢じゃない……)
暗闇の中、自然とほころぶ唇で、黄瀬は幸せを噛みしめた。
「気持ちよく寝てるとこ悪いけど、そろそろ起きないと」
「いま……なん、時?」
「もう九時よ。今夜はうちに泊まってもらっても構わないけど、その体勢じゃ疲れるでしょ」
どうせ夕飯も食べてないんじゃないの、というお小言も、今日は少しだけ丸い気がする。
だが、心配かけてゴメンと言うのは、さすがに照れくさい。
「ん、ハラはあんま減ってないかも……」
黄瀬はまだ重いまぶたを指で擦ると、腕の中でぐっすりと眠る恋人の頭に、頬をすり寄せた。