第48章 オンリーワン
(……涼太、涼太)
それは、凍りついた心を溶かす、たったひとつの愛しい名前。
結は、その名を胸に刻みながら、止むことのないキスに身を委ねた。
もう駄目かもしれない──そう思ったことが嘘のように、乾いてひび割れた唇が潤っていく。
崩れ落ちそうになる身体を支えてくれるたくましい腕に、結は縋りついた。
「私、も……もう、涼太じゃないと駄目なの。離れるなんて……」
「結……」
「……お願い、離さないで」
「ナニ言ってんの。オレが結を離すわけないっしょ?」
初めて交わすキスのように、離れては触れ、触れては離れていく唇が、こんなにも愛しくてもどかしい。
音も立てず離れていく唇からこぼれる吐息が、濡れた前髪にやわらかく絡みつく。
「結の目、真っ赤」
「……お互いさまデス」
「ハハ、お揃いっスね」と瞼に落ちるキスに、新たな涙がこぼれ落ちた。
「も、泣かないで。ずっとそばにいる……絶対に離さないから」
「……ごめんなさい。止まら、なくて……こんな顔、見せたくないのに」
「大丈夫、オレしか見てないし。てか、んな可愛い顔、誰にも見せるつもりないけど」
「なんですか。それ……」
イタズラな声に自然と笑みがこぼれる。
「やっと……やっと笑ってくれた」
フワリとほころぶ笑顔に、もう言葉が出てこない。
(あぁ、このヒトが好き……どうしようもないくらい)
「泣き顔も可愛いけど、やっぱ笑ってる顔が一番好きかも」
だから笑って、と涙を拭ってくれる唇に、結はそっと目を閉じた。
薄暗い教室の中で、静かに溶けるふたつのシルエット。
まだ少し戸惑うように重なる唇が、角度を変えながら深く絡みはじめる。
ピリリと唇に走る痛みすら愛おしい。
なんて甘くて、なんて狂おしい感情。
「今日は一緒にうち帰ろ?」
「……はい」
「ありがと」
もう二度と同じ過ちを犯さない。
彼の瞳を悲哀の色に染めないように
絶望にうちひしがれた夜を繰り返さないように
いつか終わりを迎えるその瞬間まで。
(ずっと……愛してる)
力強い腕の中で、永遠に変わらない想いを誓いながら、結は優しいキスに溺れていった。