第48章 オンリーワン
「なんや自分、損な性格やなぁ」
教室が見える廊下の角で、秘かに様子を見守っていた木吉は、ゆったりと階段を上がってくる男にペコリと頭を下げた。
「さっきは巻き込んでスイマセンでした。大丈夫でしたか?」
「まったく……えらい目におうたわ。ま、ちょっと人気モデルになった気分で楽しかったけどな」
軽く笑い飛ばしてくれる声に、肩の力が抜ける。
高いIQを持ち、洞察力にも優れた今吉には、きっと何もかもお見通しなのだろう。
「ホンマにいいんか、これで」と眼鏡の奥で何かを探るような瞳と静かな声が、胸を射貫く。
「……いいんですよ。彼女が……幸せなら」
癒えることのない痛みに目を伏せると、木吉は小さくつぶやいた。
彼女への想いは、今も変わらず胸の奥にある。
もし、どちらかの気持ちに少しでも綻びが見えた時は、容赦なく奪うつもりだった。
(でも……)
少なくとも、今のふたりに入りこむ隙間がないことは明らかだ。
(あんなの見せられたら、な)
雨の中、今にも泣きだしそうな顔をした男も。
息を切らしながら現れた、小さなシルエットも。
「雨降って地固まる、ってやつですよ」
「しゃあないな~。今日のは貸しにしといたるわ。そのうち、たっぷり利子つけて返してもらうから覚悟しときや」
「友人間の借金の時効は十年ですよ」
「そんなもん、時効を中断させたらしまいや」
戦う相手として、これほどやっかいな男はいないだろう。
だが今は、縁あって同じコートで背中を預けるチームメイト。
「ははは。敵いませんね、今吉さんには。じゃ、行きましょうか。今日の遅刻は、俺がふたり分怒られますから」
「当たり前やろ。ほな、行こか」
「はい」
湿気を含む髪をくしゃくしゃと掻きむしると、木吉は扉の閉まった教室に静かに背を向けた。