第48章 オンリーワン
「ちょっと、結。ホントに大丈夫?今日はもう帰ったら?」
「……ううん、大丈夫」
「どっちだ、それ」
一睡もしていない身体に限界は近い。
鋭い突っ込みに反応する気力もなく、結はパタリと机に突っ伏した。
「もうこんな時間……」
壁の時計を見上げて頭に浮かぶのは、練習に励む真剣な表情と、コートを鳴らすバッシュの音。
流れる汗を拭うしなやかな腕と、自信に満ちあふれた精悍な顔、そして、仲間達と交わす太陽のような笑顔。
そのすべてが愛しくて、胸が張り裂けてしまいそうだ。
まだ彼は怒っているだろうか……いや、返信すらしていない自分に、呆れているかもしれない。
(もしかしたら、もう……)
予報より早く降り始めた雨のせいで、どんよりとした空が心にも暗い影を落とす。
止まらない負の感情に蓋をするように、ゆっくりと瞼を閉じた結は、ポケットの中で振動する携帯に小さく飛びはねた。
急かすように何度も繰り返されるそれに、結は恐る恐る手を伸ばした。
『来てる、来てるよ!
あの黄瀬涼太が!』
友人からの連絡に、睡魔もネガティブな思考も一瞬で吹き飛ぶ。
『黄瀬クンが現れて
すごい騒ぎになってんだけど
アンタ今何処いんの!?』
次々と画面に現れる文字を追いかけていた結は、ひとつのメッセージに指を止めた。
『正門近く
二号館三階の空き教室にいる
逃げるなんて、らしくないぞ』
送り主の名前がじわりと滲む。
何のことを言っているのかとか、どうしてだとか、考えるよりも先に身体が動いていた。
あと数分で今日最後の講義が始まることも忘れ、結は勢いよく立ち上がった。
「ごめんっ。やっぱり私、今日は帰るね」
「はいはい。代返は無理だけど、今度ノート貸すからご心配なく。その代わり、ちゃんと仲直りするんだよ」
早く行けと手の甲で追い払う友人の仕草に、肩にかけたトートバッグがずるりと落ちる。
「な、なんで……?」
「そんな顔して、分かんないわけないじゃん。何があったか知らないけど、向こうから会いに来てくれたんでしょ。ちゃんと会って話しておいで」
軽くウィンクする友人に笑みを返すと、結は教室を飛び出した。