第48章 オンリーワン
「木吉!ちょ、待てや!」
制止の声を振り払い、渦の中心に近づいた木吉は、傘もささずにずぶ濡れになりながら、差し出される傘を必死で断っている姿に、目を細めた。
(意外と不器用なオトコなんだな)
「や、ホント気持ちだけで……悪いけど、ちょっと通して」
歓声に混じって聞こえる弱々しい声と、濡れた髪の隙間から覗く歪んだ表情。
木吉はぐっと奥歯を噛みしめると、大きな身体で人波をかき分けた。
「何やってんだ。こんなとこで迷惑だろ」
弾かれたように顔をあげたその表情が、驚きとともに引き攣る。
「木……吉さ」
「騒ぎになるから、あんまコッチには来るなって言っただろ?ほら、行くぞ」
滅多にお目にかかれないイケメンを、目の前から連れ去ろうとする大男に、にわかに殺気立つメスの群れ。
そんな不穏な空気にも顔色ひとつ変えず、木吉は「向こうにいる黒縁眼鏡の男性に頼めば、あとでサインくらい貰えるはずだから」と穏やかに微笑んだ。
一斉に逸れる視線などお構いなしに、呆気にとられる黄瀬の腕を引くと、木吉は歩き出した。
「目立つから被ってろ」
「……ハ、イ」
頭にかけられたタオルで顔を隠しながら、黄瀬は背後をちらりと振り返った。
目に入るのは、「え、ワシが?なんでやねん。オイ、木吉!お前、何言うたんや!」と標的を変えた女子にもみくちゃにされながら大声で叫ぶ男の姿。
「あ、あの……オレ」
「話は後だ」
腕を掴む大きな手に引かれるまま、黄瀬は重い足を引きずるように、濡れた地面を踏みしめた。