第48章 オンリーワン
「結構降ってきましたね。傘、持ってます?今吉さん」
改札を抜けた木吉鉄平は、カバンの中から取り出した折りたたみ傘を手に、隣の男に屈託のない笑みを向けた。
「たとえ傘がのうても、男と相合傘ちゅうのは遠慮させてもらうわ」
東京での暮らしはそれなりの年数になるはずなのに、その男が発する関西独特のイントネーションは抜ける様子もなく。
「まぁ、ワシが準備を怠るわけないけどな」
今吉翔一は、トレードマークでもある黒縁眼鏡の奥で、うっすらと笑った。
「さすが。大学に成績トップで合格した人は違いますね」
「いや、成績とそれは関係ないやろ」
「ははは。似たようなもんでしょ」と歩き始める大男の背中に、今吉は意味深な視線を投げかけた。
(相変わらず何考えてるか分からんヤツやな、この木吉ってオトコは)
自分の予想を越えてくる人間はそれほど多くない。
例えば、誠凛のキーマンである黒子テツヤ。
キセキの世代でさえ一目置く彼の、想定外の動きに翻弄され、ウィンターカップ初戦で敗北を喫したのは、二年前の苦い思い出だ。
(いや……あん時は、誠凛というチームそのものが、まったく読めん存在やった)
そして、大学の先輩でもある叶蓮二も、手に余る存在のひとりだ。
その優秀な頭脳を教授達に惜しまれつつ、卒業後はモデルの仕事を本格的に始めたという噂には驚かされたものだ。
「確か同じ事務所やったはず……」
モデルといえば思い出すのは、黄瀬涼太。
キセキの世代の天才と評された男は、その言葉通り……いや、それ以上の進化を遂げて、今や海常の柱として全国にその名を轟かせている。
そして──
(水原さん……か。ほんま不思議なコやで)
学年によってキャンパスが違うため、会うことはほとんどなかったが、もともと女子が少ない大学の中で、“普通”の彼女を有名にしていることがあった。
「なんせ、あの黄瀬涼太の彼女やからな」
誰にも聞こえないように小さくつぶやくと、今吉は強くなる雨を確認するように空を見上げた。
「今吉さん。急がないとミーティングに間に合いませんよ」
「すまんすまん。今いくわ」
複雑に絡みあう人間模様と観察は大好物。
のん気な顔で手招きするサークルの後輩を追いかけながら、今吉は口の端でニヤリと笑った。