第48章 オンリーワン
何故こんなことになってしまったのだろう。
そもそも、いつから話を聞いていたのか。
何もかも捨てて、彼について行くと言えば良かったのだろうか。
(ううん、そうじゃない。多分……)
『誰が──誰を好きになるって?』
氷のように冷たい声が耳によみがえり、結は思わず両手で自分の身体を抱きしめていた。
推測でしかないが、心変わりを疑われたことに激怒したのだ。
『もしも涼太が、ここから遠く離れたところに行くって言い出したらどうする?』
彼と離れるなんて考えられないし、考えたくはなかったが、可能性のひとつとして常に頭の片隅にあったことは否定できない。
勿論、大切にしてくれていることは十分すぎるほど伝わっていたし、彼の気持ちを疑ったことは今まで一度もなかった。
だが、あれほど魅力的な男性を、世の女性が放って置くはずがない。
そして自分は、何の取り柄もないごく普通の人間だ。
『もしも』
知らないうちに、自分に都合のいい逃げ道を用意していたのだ。
『そうなったとしても仕方ない』
自分が傷つかないように。
(馬鹿だ……私)
今、はっきりしている事はただひとつ。
あんなにも優しい人を怒らせてしまったのは、間違いなく自分が原因だということだけ。
綺麗ごとをいくら並べても、分別のある振りをしても、彼を好きだという気持ち以上に大切なことなどないはずなのに。
(こんなに好きなのに……)
ポケットの中の携帯に触れた指を、そっと離す。
「もう……駄目、なの?」
結は冷たい指先を握りしめると、祈るように額に押し当てた。