第48章 オンリーワン
ゆうべ、一睡もせずに考えていた。
いや、一向に訪れない眠りのせいで、考えることしか出来なかったのだ。
かつて、嫉妬に駆られて激しく抱かれたことはあったが、昨日の彼はあの時とは明らかに違っていた。
目に入る手首のアザを、袖を引っ張って覆い隠す。
「ふぅ……」
こんなふうに溜め息をつくのも、もう何度目になるだろう。
『答えて』
暗闇の中に浮かび上がる、冷たい瞳。
ビクともしない腕に押さえつけられて、歴然とした力の差に肌が粟立ち、心が恐怖で震えた。
乱暴に身体をまさぐる手に、心は拒否しながらも、受け入れてしまうのは女のサガなのだろうか。
(怖かった……のに)
やめてと口では言いながら、はしたなく腰を揺らし、身体の奥を掻きまわす指だけで果ててしまった事実を受け入れられず、夢中で家を飛び出していた。
頬を一瞬で凍らせる冷気と、人通りの途絶えた夜の住宅街に、何度となく足がすくんだ。
『…………結、っ!!』
追いかけてきてくれたことが嬉しかったのに、どうしても素直になることは出来なかった。
自宅へと続く夜の道は、誰の目も気にすることなく手を繋げる大好きな時間。
それが、あんなにも長く感じたのは初めてだった。
恐ろしいほどの静寂のなか、唯一聞こえてくるのは、今まで気にも留めなかった番犬の声。
(どうしよう……もうすぐ家に着く、のに)
ちらりと後ろを振り返ると、ポケットに手を入れて俯く顔が、頼りない街灯の下で青白く浮かびあがって見えた。
じわりと滲む視界を天に向ける。
厚い雲に覆われた空には、星の瞬きひとつ、見つけることは出来なかった。
『送ってくれて、ありがと……ございました』
そう声を出すのが精一杯だった。
強引に引き留めて欲しかった。
だが、彼から逃げるように向けた背中に、最後まで制止の声が掛けられることはなく。
玄関先でズルズルと座り込み、ようやく我に返って開けた扉の向こうに、もう彼の姿はなかった。