第48章 オンリーワン
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「私、が……自分の夢を諦めて彼についていくことを……あのヒトはきっと望まない、と思います」
しぼり出すような声が、耳の奥に流れ込む。
(そうだ……そんなコト、オレは望んでない)
彼女が自分を支えてくれるように、自分も彼女の夢を守りたい。
その気持ちに嘘はなかった。
「これからも彼の隣で、自分の足で立っていたいんです。ただ彼に縋って、彼の帰りを待つだけの存在には……彼の足枷にだけはなりたくない」
ぽつりぽつりと語られる言葉は、おそらく今思いついたことではないはずだ。
はじめて知る胸の内に、心が喜びで軋む。
と同時に、沈んでいく声にかすかな違和感。
(なんだ、この感じ)
「離れるのは辛いですし、すごく怖いです。でも、もし離れたことが原因で、黄瀬さんが誰か……別のヒトを好きになったとしても……やっぱり、私──」
カッと全身を駆けめぐる熱と、呼吸困難に陥る気道。
破裂してしまいそうに脈打つ心臓の音が、うるさいほど頭に響く。
「待って、結ちゃん。そんな話がしたかったんじゃないの。私が無神経だったわ、ごめんなさい。だから、もうそれ以上は……」
ゆらりと立ち上がった気配に気づいて、顔を強ばらせる母親を一瞥すると、黄瀬は、顔を両手で覆ったまま項垂れる恋人を後ろから抱きしめた。
「……っ」
腕から伝わるかすかな震えに、込み上げる愛しさと苛立ち。
心のバランスが保てず、身体がぐらつく。
「涼太、アンタいつから聞いて……」
「少しふたりにしてくんないかな」
素っ気ない物言いに、腕の中から顔を上げた結の瞳から涙が飛び散る。
「っ、ちが……お母さん、は悪くない。悪いのは……私」「結は黙ってて」
今はそうすることが一番だと判断したのだろう。
小さく首を振って「余計なこと言ってごめんなさい」と部屋を出ていく母親の背中を目の端で見送ると、黄瀬は結の身体を抱えあげた。
「きゃ、っ!」
「ちょっとこっち来て」
「き、黄瀬さん!違うの……怒らないで、お母さんは」
「オレが?
怒ってるって?」
誰に?
何に対して──?
足を踏み入れたリビングの冷たい空気に、思わず腕に力が入る。
腕の中で縮こまる身体を、黄瀬はゆっくりとソファに横たえた。