第1章 ハニー
「そこの可愛いおふたりさん。なんか楽しそっスね」
蹴られた身体をさすりながら、キラキラと無駄な輝きとともに近づいてくるのは、言わずと知れた人気モデル黄瀬涼太。
いや、今は海常のエース黄瀬涼太と呼ぶ方がふさわしいのかもしれない。
「きーちゃん、久しぶり!てか、相変わらず軽いね」
「フッと吹けば、宇宙の彼方に飛んでいきそうですよね。やってみましょうか?」
真顔で距離を縮めてくる結に、伸びそうになる鼻の下を咳払いとともに引き締めながら、黄瀬はリアルに吹っ飛びそうになるの必死で抑えた。
彼女は、ウインターカップでようやく両想いになれた年上の恋人。ツレないのが玉にキズだが。
「ちょ、ふたりとも酷いっス!こんなセージツな男はそうはいないっスよ!」
泣き真似をしながら、どさくさに紛れて抱きつこうと、黄瀬が長い腕を伸ばしたその時。
「お、結。久しぶりだな」
「へ?」「う、わっ」
一足早く、横から青峰が結の腕を引っ張ったため、黄瀬の身体は見事に空振ってつんのめった。
「名前で呼ぶの、いい加減にやめてください。お久しぶりですね、ピュア峰さん」
「んだよ。そのネーミングは」
体育館に響く低音ボイスで高笑いしながら、結の腰に巻きつくしなやかな腕に、黄瀬の目が丸くなる。
「ちょっ!青峰っち、何やってんスか!ホラ、結も早く逃げて!」
「なんもヤってねーよ。ま、お前にその気があるなら抱いてやってもいいけどよ」
どーする?と、結の顔を覗きこむ蒼黒の瞳がギラリと光る。
「青峰っちってば!結はオレの彼女なの!」
「有り難くお断りさせていただきます」
声を荒らげる黄瀬とは対照的に、結は平然とした様子で透明少年バリの台詞を返すと、青峰の胸を両手で押し返した。
「ハッ!それでこそ落としがいがあるってもんだぜ」
「もー大ちゃんてば、きーちゃんで遊ばないの。あ、そろそろアップ始まりそうだよ」
優秀なマネージャーが、冬でも色黒な男をバリッと結から引き剥がす。
「痛ってぇな!さつき!」
「じゃあ、また後でね」
「桃っち!グッジョブ!」
一部の失礼な発言には目をつむっておこう。
かつての戦友に親指をぐっと立てると、黄瀬はふたつの背中を見送った。