第4章 スウィートハニー
一ヶ月前、黄瀬は結のすべてを手に入れた。
彼女をハジメテ抱いた時の悦びは、今も強く胸に焼きついている。
だが、痛みに耐えていた健気な姿が、黄瀬から次の機会に踏み出す勇気を奪っていた。
(心も身体も、彼女を傷付けるようなことはもう絶対にしたくない)
そうは思いながら彼は普通の高校生。
今日も、何の下心もなく家族が不在の部屋に誘ったかといえば、それは嘘になるだろう。
両手で顔を覆ってしまった恋人に、黄瀬は柄にもなくあわてふためいた。
「ご、ごめん。結、泣かないで……」
直情型の男とは違い、女の子は繊細だ。
その複雑な胸の内を思い、黄瀬は自分勝手な発言を激しく後悔した。
自分本位に抱くようなことは出来ないし、するつもりもない。
「ホントにごめん。オレ……」
震える手をそっと掴んで、うつむく顔を覗きこんだ黄瀬は、キツく唇を噛んで「な、泣いてません……」と真っ赤な顔で力なく頭を横に振る恋人に、ホッと胸をなでおろした。
「そんな噛むと切れちゃうよ。ゴメン、変なこと言って」
やわらかな唇が切れてしまわないように、黄瀬は指を押し当てた。
「違、うんです。そうじゃなくて……」
「ん?」
「わ、私……」
そう言ったきり黙りこんでしまった小さな身体を、黄瀬はゆっくりと抱きしめた。
ピクリと跳ねる肩をなでながら「だいじょーぶ、なんもしないから。オレ、結がすんごい大事だから……ね?」と安心させるように囁く。
しがみついてくる彼女の心を受け止めるように、大丈夫と何度も繰り返す。
こんなにも大切にしたいと思うのは彼女だけなのだから。
「ご、めんなさい。私、別に嫌なわけじゃ……ただ、どうしたらいいのか、全然……その、分からなくて」
「分かってるって。でも、無理する必要なんてないし、そんなの気にしなくていいんスよ」
(むしろ、そんな可愛いとこもオレ的には嬉しいんスけど……ね)
ゆるむ口許を引きしめながら、小さな恋人の頭をポンポンと撫でる。
「だから……もう黄瀬さんが、そ、そんな気にならないんじゃないかと」
うんうんと話を聞いていた黄瀬の目が、一瞬の間を置いて丸くなる。
「へ」
「私、自信がなくて……ずっと不安だったんです。だから……黄瀬さんの言葉が、その、嬉しくて」