第43章 ミッション
到着した池袋の人波を掻き分けて、駅から直結したビルにあるというミニシアターをふたりで目指す。
『ただでさえキミは目立つんですから、行動には気を付けてくださいね』
(ハイハイ、分かってるっスよ)
親友の忠告に気を引きしめながら足を踏み入れた映画館は、ほどよく人が行き交う落ち着いた空間だった。
大型シネコンの賑わいは嫌いではなかったが、今日はこの雰囲気が有り難い。
オシャレというより、目立つ髪色を隠すための帽子を深く被り直すと、コンパクトながらも充実したフードコーナーで定番メニューを注文する。
「ポップコーンは何味がいいっスか?」
「うう、どっちも捨てがたい……」
売店の女性の熱い視線を素知らぬ顔で躱しながら、塩かキャラメルかで真剣に迷う結を見つめる眼鏡越しの瞳が優しくなごむ。
「じゃあ塩で」と目を輝かせる彼女の頭をポンとなでると、黄瀬はスマートに会計を済ませた。
「ハイ。どーぞ」
「わぁ、美味しそう!」
その笑顔は、どんな理性も分別も一瞬で吹き飛ばしてしまう恋の魔法。
帽子の下でこっそりと平静さを装い、ふたり分のドリンクを片手で器用に運びながら「あ、ここっスよ」と黄瀬は席に結を座らせると自分もヤレヤレと腰を下ろした。
「ペアシートがないのは残念だったんスけど」
「でも久しぶりの映画、すごく楽しみです」
「そ?なら良かった。あ、ドリンク置くっスね」
外側のドリンクホルダーに飲み物を置いて、その帰り道に拐った手を座席の間の肘掛けの上で握りしめる。
「これじゃ、ポップコーンが食べられません」
「オレより食い気っスか。んじゃ、コレは没収」
「ああ、ワタシの塩味が!」と文句を言いながらも、絡まる指を拒まない結の耳許に唇を寄せて。
「オレが食べさせてあげるっスよ、ホラ」
ポップコーンを彼女の口許に運ぶと、遠慮がちに食む唇が指を掠めて一瞬呼吸が止まる。
「美味し?」
「ん……やっぱり塩にして正解でした」
「今度はキャラメル味にしよっか」
「大盛りでお願いします」
「ハハ。了解っス」
上映開始を知らせるブザーの後、フッと落ちた照明に紛れて重ねた唇は、甘くて、少しだけ海の味がした。