第43章 ミッション
それは、静かな恋の物語だった。
夏休みに祖父の田舎を訪れた少女と、不思議な少年が、長い時間をかけて心を通わせていくさまを、美しい背景と音楽とともに描きだしていく、儚くも心震えるラブストーリー。
(さすが黒子っちのオススメ……なかなか面白いっスね)
少し窮屈な座席に背中を預け、長い脚をもて余すように組み替えた黄瀬は、繋いだ手から力が抜けていく微妙な変化に、暗闇の中で目を凝らした。
水族館デートではなく、映画にしたのは正解だったかもしれない。
指をそろそろと解くと、恋人の眠りを妨げないようにその身体に腕を回す。
(少し……痩せた?)
手のひらにすっぽりと収まる肩に、胸がチクリと痛む。
自由奔放に生きてきた自分が、こんなにも何かに、誰かに囚われるなんて今でも信じられない。
「スゴい、な……」
さすさすと肩を撫でた後、静かに寝息をたてる小さな頭をそっと包むと、黄瀬は自分の腕に凭れさせた。
無理をしないで欲しいと例え諭したとしても、彼女がおとなしく言うことを聞くとはとても思えない。
でも、そんな彼女だからこそ。
「……お疲れサマ」
すりよせた頬に触れる髪はひやりと冷たいのに、シャンプーの残り香にほっこりと心が温かくなる。
優しい香りを独り占めしながら、黄瀬はクライマックスに突入したスクリーンに視線を向けた。
ハッピーエンドとは言えない結末に、かすかに啜り泣く声が空間を満たす中、それでも前を向いて歩き出そうとする健気な主人公の姿が、彼女のそれとオーバーラップする。
友情でも愛情でも、別れはいつ誰の身に降りかかるか分からない。
(でも、オレ達は大丈夫。てか、絶対に離さない。これからもずっと)
エンドロールが流れ終わって照明がついた時、彼女はどんな顔で目を覚ますのだろうか。
寝惚けた顔も、バツが悪そうな顔も、レアな泣き顔でさえも。
考えただけでこんなにも幸せな気持ちにしてくれるのは、世界中でただひとり。
「いいっスね、こんな時間も」
唇を重ねることよりも、肌を合わせることよりも、隣で安心しきったように眠る彼女を守ることが、今の自分に与えられた重要な任務。
(この安らかな時間が、少しでも長く続きますように)
そんな願いを込めて、黄瀬は柔らかな髪にするりと指を絡ませた。
end