第3章 ロングバージョン
「もしかして気になる?オレの過去」
そっと布団をかけてくれる黄瀬の瞳が、不安な色を湛えてゆらりと揺れる。
「黄瀬さん……」
いつも自信満々な彼が、こうやって時々見せる弱気な表情に、胸がキュッと音を立てる。
この感情を、どうやって言葉で表したらいいのだろう。
「気にならない、って言ったら嘘になります。でも……」と言葉を濁すと、黄瀬は口を尖らせてプイっと目をそらした。
「そりゃ、そうっスよね。オレ、第一印象最悪だったみたいだし」と喫茶店での会話を持ち出して、拗ねた子供のようにむくれる恋人の手に、結は自分の手をそっと重ねた。
「あれは自業自得です」
「ヒドッ!今のは優しくフォローするとこじゃないんスか!」
ピーピー泣いて擦りよってくる金の髪が、頬を甘くくすぐる。
結は子供をあやすようにその頭を優しくなでた。
(可愛い、なんて言ったらますます泣くかも。でも、どうしてこんなヒトが私のことを好きになってくれたんだろ……)
街ゆく人を一瞬で振り返らせるほど魅力的な彼の隣にいるのは、どうして自分なのか。
「……結、何考えてんの?」
急に黙りこんでしまったことを心配するように、真剣な顔で覗きこんでくるふたつの瞳が、まっすぐ心に届く。
彼の気持ちを疑うつもりはないが、この胸に燻る不安はきっと消えることはないのだろう。
それは“好きだから”こそ生まれるジレンマ。
「もしかしてオレのこと?だったら嬉し……」
「もう回復して……メンタル強すぎです」
「ハハ。だてに海常のエース背負ってる訳じゃないんスよ、オレ」
好きという気持ちだけでは、乗り越えられないことがこれからもきっと訪れる。
迷いながら、時には泣きながら、でも、彼がくれたこの幸せな時間を胸に刻んで、ずっと前を向いて歩いていこう。
自分の夢を──そして彼の夢を信じて。
「初めて会った日のことを思い出してたんですよ、シャラ男さん」
「えぇっ!?でもオレ、今は結一筋なんスよ!結だって、今はオレのこと好きでたまんないんだよね?あんな可愛い顔で泣いちゃうほど!」
「は、早くシャワー浴びてきてくださいっ!」
「ぶはっ!」
すっかり自信を取り戻した黄瀬の顔面に、ヒュッと音を立てた枕が見事にヒットした。