第3章 ロングバージョン
丈の短いルームウェアと踵のはみ出たルームシューズ。
濡れた髪をタオルで拭きながらベッドに近付いてくる黄瀬に、結はふわりと微笑んだ。
「……おかえりなさい」
「なんかそれ、イイっスね」
ベッドに潜り込んでくる彼の身体から漂うソープの香りが、鼻孔を甘くくすぐる。
首の下に差し込まれた腕に引き寄せられるまま、結は大きな胸に顔をうずめた。
「黄瀬さん」「結」
ピタリと重なった声に、ふたりで笑いながらお互いを抱きしめる。
「オレ今、すんごく幸せ……」
背中をさする手の温もりに、「私も」と答えようとした結は、今日はもともと何をするつもりだったのかということを突然思い出して、口を閉ざした。
(チョコレート!悠と作る予定だったから、何も用意してない!)
腕の中で百面相を披露する結に、黄瀬は顔を綻ばせた。
「ぷ」
「またそうやって、すぐ笑う……」
「だって、結の顔に書いてあるっスよ。チョコどうしよーって」
「ぐっ」
図星を指されてぐうの音も出ない。
「だって、初めてのバレンタインだったのに」と背中を向けた結の髪をクルクルと指で弄びながら「こっち向いて」と囁く声はチョコよりも甘い。
「今夜はさ、チョコの代わりに結を貰ったから」
「ひ、ゃっ」
後ろから耳をぺろりと舐められて、フリーズした身体を長い腕が包みこむ。
「カ~ワイ。マジでもっかい食べてしまいたいスわ」
「ま、またそんな冗談ばっかり……」
「結とバスケに関しては、オレはいつでも本気っスよ。まだ分かんないなら」
「あ」
あっさりと身体をひっくり返して、覆いかぶさってくる黄瀬の耳に光るピアスと「キス、させて?」と近付いてくる意地悪な唇。
「そんなの……ズルい」
「こんなオレは、嫌い?」
どんなチョコも叶わない、甘くて優しい声に心が震える。
誰かを好きになる気持ちも、胸を締めつける切なさも、初めて知った痛みも、すべて彼が教えてくれた。
「大好き……」
「うん、オレも大好き。おやすみ、結」
はじめての腕枕とつむじにかかる穏やかな寝息は、最上級の幸せ。
あたたかい胸につつまれながら、結は徐々に重くなる瞼を静かに閉じた。
end