第37章 ホーム
意識を完全に飛ばしてシーツに沈む身体から、木吉はゆっくりと自身を引き抜くと、足下でもたつく薄手の布団を結の上にふわりと掛けた。
のそりと身を起こし、腰を下ろしたベッドが重みに耐えかねてギシリと鳴る。
額に浮かぶ汗を拭うこともせず、手早く情事の後始末を終えると、木吉は小さな溜め息とともに立ち上がった。
下着姿で戻ってきた彼の手には、ほんのり湯気を立てるタオルとバスローブ。
さっきと変わらぬ体勢で眠る結の姿に小さく笑むと、木吉は部屋の明かりをすべて落とした。
「悪い、ちょっと触るぞ」
月明かりだけを頼りに、枕にしずむ顔を丁寧に拭い、上半身、下半身へと場所を変える手がピクリと止まる。
静かに伏せた目の奥に浮かぶ複雑な色。
気を取り直すように深く息を吐いて続きに取り掛かると、木吉はバスローブを着せた身体を労わるように抱き上げた。
互いの気持ちを確認した後のこの数ヶ月は、決して短いとは言えなかった。
自分で決めた事とは言え、渡米した後は触れることも出来なかったのだ。
久しぶりに会った恋人は、いつもの纏め髪を解放し、その無垢さを体現するようなワンピース姿で可憐に空港に現れた。
うっすらと施された口紅の艶やかさに、何度その場で押し倒しそうになったことだろう。
(バスケ一筋だった俺に、こんな感情があるなんてな……)
高ぶる気持ちを抑えきれず、重ねた肌を心ゆくまで貪った。
目に涙を浮かべて痛みに耐えていた健気な姿を思い出しながら、未使用のベッドに横たえた小さな身体の隣に、そっともぐり込む。
疲労しているはずなのに、眠気が訪れる気配は全くなかった。
歓喜に心が震えて、むしろ今夜は眠ることは出来ないだろう。
愛しくて、狂おしい感情。
「……結」
そっと囁いた名前にさえ、泣きたくなるほどの幸せを噛みしめながら、シーツに擦れた肌の痛みに眉を顰める。
今になって感じる肩のヒリつきなど、彼女が味わった痛みとは比べものにならないはずだ。
「う……、ん」
軽く身じろいで寝返りを打とうとする動きを封じ、深く抱き込んだ背中を撫でる手は、わずかな懺悔と限りない愛おしさに満ち溢れていた。
「駄目だ、今夜は離さない」
会えなかった時間を取り戻すように、木吉はそのぬくもりを思う存分味わうことを心に誓った。