第37章 ホーム
地に足がつかないまま、木吉に連れてこられたのは、目の前に静かな湾を臨む、シンプルな外装のホテル。
入口にそびえ立つ背の高いヤシの木を見上げながら、唐突に訪れるリアリティに、結は自分でもそうとは意識せずにその歩みを止めた。
「結?」
隣から聞こえてくる心配そうな声に目を向けると、複雑な色を湛えてこちらを窺う瞳と目が合う。
結は小さく笑みを返すと、繋いだ手を強く握り返した。
「……じゃあ、行こうか」
まだわずかに震える足に力を込めて、踏み入れたロビーの天井にはゆらゆらと舞う白い鳥のモチーフ。
ガラスの天窓から今にも飛び立ってしまいそうに悠然と宙を泳ぐその群れに、思わず目を奪われる。
「わぁ……素敵」
「そうか?良かった、結が気に入ってくれて。俺は、女性が好むものに疎いからな」
「そうですね」
そこはフォローしてくれよ、と頭を撫でる手に鼓動が早鐘をうつ。
(心臓……もたないかも)
「ここで待っててくれ。鍵、もらってくるな」
「鍵だけですか?チェックインは済んでるんですか?」
「ああ。それはアレックスが済ませてくれてるはずだ。こっちでの宿泊は色々とハードルが高くてな」
「あ、そうみたいですね」
チェックイン時には、クレジットカードの提示を求められると旅行会社から聞いたことを思い出す。
(……大丈夫、なのかな)
青峰に『おっさん』と呼ばれるほど落ち着いた風貌と、人に警戒心を抱かせない柔らかな物腰。
(でも、私より確実に年上に見えるはず……無駄に大きいし)
フロントで物怖じせず対話する背中に頼もしさを感じながら、カードキーを受け取った手に当たり前のように肩を抱かれて。
到着したのは、ブラウンと白を基調としたシンプルな内装の、ふたりには広すぎる感のある部屋だった。
開け放たれた窓から吹きこむ夜風が、レースのカーテンをふわりと波打たせて、壁際に置かれた二台のベッドの上をさわさわと揺らしている。
再び緊張感が高まる中、部屋の隅に置かれている自分のスーツケースに気付き、結はホッと安堵の息を吐いた。
「……よかった」
チェックイン時に、アレックスが預けてくれたのだろう。
空港で別れたエメラルドの瞳を思い浮かべながら、結は心の中でそっと頭を下げた。