第37章 ホーム
食事を済ませた後、木吉とともに訪れたのは、アールデコ調の美しい外観を持つ建物だった。
ここが果たしてそうなのかと思わせるようなそれは、カリフォルニアでは有名な天文台。
群青色の夜の帳が降りる空の下、まるでCGでも見ているようなビル群の景色に目を奪われて、結は感嘆の声をもらした。
「う、わ……ぁ」
市内を一望できるという高台からの眺望は、碁盤の目に広がる道路を往来する車の明かりと、街の賑わいを鮮やかに浮かびあがらせる無数の灯のデコレーション。
それはさながら宝石箱だ。
どこかのグルメリポーターのような思考に陥っていることにも気付かずに、口をぽかんと開けて景色に見いる結にクスリと落ちる笑い声。
「今、誰か笑いました?」
「気のせいだろ」と肩に置かれた手に、跳ねる鼓動はもはや制御不能。
「冷えてきたんじゃないか?肩、大丈夫か?」
「はい……大丈夫です」
気遣うような優しい声と、衣服越しに触れ合う肌から伝わる温もりが、ジワリと胸を焦がしていく。
さっきまで夢中になっていた景色は、あっという間に意識の外に追いやられてしまっていた。
夜景の妨げになる明かりがほとんどない暗闇の中、ふと周りを見渡すと、そこには溶け合うようなカップルの姿ばかり。
(な、何か話さなくちゃ……)
高鳴る胸を、無駄だと知りつつ懸命に鎮める。
「そろそろ帰らないと、アレックスさんが心配……」とようやく口を開いた結は、耳に触れてくる熱い吐息に肩をぴくりと跳ねあげた。
「悪いが、今夜は帰さない」
「え……」
夜景を遮るように、じわじわと距離を縮めてくる真剣な瞳が、闇の中で妖しい光を放つ。
「木吉さ……」
「黙って」
ゆっくりと重なる唇は少しかさついていた。
そんな彼の渇きを潤すように、少しだけ口を開いて唇を舐めた舌は、強い力で熱い口内に引きずりこまれた。
「ん、ふ……」
絡み合う舌に、頭の芯がトロリと溶けはじめる。
アレックスの部屋に泊まらせてもらう予定だったとはいえ、万が一に備えて揃えた新しい下着は、ささやかな乙女心。
だが、それは今ここにはない。
現実的な心配をする結に、「今はこっちに集中して」と濃さを増すくちづけが、余計な思考をすべて溶かしてしまうまでに、それほど時間はかからなかった。