第37章 ホーム
チップをもらったポーターが軽く頭を下げて、退出する扉の音を最後に部屋を満たす静寂。
(こんな時、どうしたらいいんだっけ)
ドラマや映画では、どんな展開で進むのか。
結は、サイドボードにカードキーを置く背中を見つめながら、フィクションの世界に答えを求めた。
「結」
「うわはははい!」
「名前、呼んだだけだぞ」
「……すみません」
絶妙なリアクションを見せる結に笑い声を上げながら、近付いてくる木吉の手には、ブランドのロゴが入ったスマートなペーパーバッグ。
「ほら。これはアレックスから、結へのプレゼントだそうだ」
「わ、なんでしょう。なんか高級そうな箱が入ってますよ」
微妙な空気が流れる中、さりげない会話を促すことに成功した真っ白なギフトボックスに、斜めにかけられた真紅のリボンはベルベット。
しゅるりと解いたそれは、とろけるように箱から滑り落ちた。
「残念だが、食べ物じゃなさそうだな」
「ム。私はそんな食いしん坊じゃありません」
隣から覗きこんでくる木吉を睨みながら蓋を開けると、「おっと」という声に何事かと、一足遅れて手元に視線を落とした結は、箱の中に鎮座する淡いピンクに目を見開いた。
「何……これ」
基本、ファッションには興味がない結でもひと目でわかる、シルクの光沢が眩しいランジェリー。
勢いよく箱を閉めたせいで自分の指を挟んでしまった痛みの信号は、まるで東京とロサンゼルスの時差のように脳へと伝わった。
「痛っ」
「大丈夫か!?」
過剰な派手さはないが、着ける意味があるのか分からないほど透けたシルク。
(アレックスさん、絶対に遊んでる……)
少し前に思い浮かべた感謝の気持ちを取り消しながら、結はワナワナと震えた。
「赤くなってるな。大丈夫か?」
「は、い、いえ……」
「どっちだ、それ?」と笑みを浮かべる唇に運ばれた指は、迷いなく口に含まれて。
「……っ」
チュッと音を立てて吸われる指先から伝わる舌の熱さに、結の頬は床に溶けたリボンよりも艶やかに染まった。