第37章 ホーム
「荷物はこれだけか?じゃ、ワタシは先に帰ってるぞ。おふたりさん、ごゆっくり」
「え?」
「ああ。すまないが、よろしく頼む」
ここでは必要のなさそうな冬物のコートとスーツケースを結の手からもぎ取ると、アレックスはウィンクを置き土産に颯爽と去っていった。
「あの……木吉さん?」
「長いフライトで疲れたとは思うが、もし良かったらこのまま俺に付き合ってくれないか?」
柔らかな口調にミスマッチな、強引な瞳。
「──はい」
わずかな緊張感を携えて差し出される大きな手に、結は迷わず自分の手を重ねた。
初めての海外、初めてのアメリカ。
(今、木吉さんはこんな景色を見てるんだ……)
西海岸特有のオレンジ一色に染まるビーチは、まるで別世界。
果てしなく広がる水平線に溶けていく夕陽をぼんやりと眺めながら、結は無意識に繋いだ手に力を込めた。
「どうした?やっぱり疲れたか?」
「あ、いえ……なんだかまだ信じられなくて。木吉さんが隣にいる、なんて」
「淋しかったか?俺がいなくて」
平然とした顔で、分かりきったことを聞いてくる木吉を下から軽く睨む。
だが、彼の瞳は翻弄するような色を浮かべて、愉快そうに、そして妖しく、その輪郭を際立たせた。
(そんな目、ズルい……)
イエスともノーとも言えず、結は熱を帯びる頬を隠すようにプイと顔を背けた。
「と、ところでリハビリは順調ですか?」と切り返した会話の不自然さに、隣で肩を震わせる男に不満をぶつけた身体は逆に跳ね飛ばされてしまう。
「なんだ、自爆か?」
ぐらりと傾く結の身体を、木吉は力強く引き上げながら楽しそうに笑った。
「ム。誰のせいですか、誰の」
「嘘が下手な結のせいだろ?ちゃんと顔に書いてあるぞ、淋しかったって」
「もう!木吉さんっ!」
「ははは。悪い悪い、そんなに怒るなよ」とふいに絡まる指は恋人繋ぎ。
「順調だぞ。リハビリ」
「そう、ですか。よかった……です」
「ああ、予定より早く帰れるかもしれない。結のところに」
ドクンと大きく波うつ胸の奥深く、痛みを伴って騒ぎだす鼓動は、いつまで経っても治まる気配をみせなかった。