第36章 アイテム
「ふう、サッパリした」
Tシャツと短パンというリラックスした部屋着でダイニングに姿を見せると、黄瀬はぐるりと辺りを見回した。
「アレ?結ひとり?」
バスルームで、悶々とする熱をひとり淋しく鎮めたことをおくびにも出さず、黄瀬は頭に掛けたタオルで水が滴る髪をガシガシと拭いた。
「黄瀬さんが帰る少し前に、桃井さんが来て」
「桃っちが?なんで?」
テーブルの上に並ぶ料理から、ほわりとした湯気と食欲をそそる香りが立ち上っている。
すぐ近くには、ピンクのエプロン姿の恋人も。
「うまそ……」
まずは食欲を満たすこと。
(まずは、って……だから今日は性欲はパスだって)
椅子に座ってふるふると首を振る短い金髪から、煩悩とともに水滴が飛び散った。
「お風呂あがりの犬みたいですね」
クスクスと笑いながら、後ろに立って髪を拭いてくれる手の心地よさに、黄瀬はうっとりと目を閉じた。
「あ~気持ちいい。で、何の用だったんスか?」
「それが……プレゼントを持って来たらしいんですけど」
「わざわざ?うちまで?」
彼女の目線を追いかけたリビングのテーブルの上には、金のリボンが結ばれた少し大きめのペーパーバッグ。
そのショッキングピンクが目に痛い。
「で、もう帰ったんスか」
「はい……その後、何故かお母さんと一緒に出掛けて行きました。エステの招待券があるとかなんとか。帰りは……遅くなる、そうです」
「はぁ!?」
いつもなら飛び上がって喜ぶところだ。
だが、男が一度決めたことをそう簡単に覆す訳にはいかない。
黄瀬は下腹にグッと力を入れると、ヒクつく口角に笑みを浮かべた。
「そ、そーっスか……」
「じゃ、じゃあ食べましょうか?お腹すいたでしょ」
「あ、う、ウン、そーっスね。オレの好物ばっか、すげぇ嬉しい!」
ふたりは少し強張った顔で笑みを交わすと、思いがけない展開に戸惑いながら、夕飯に手を合わせた。