第34章 トラップ
「でも、これだけは言っとくよ」と切り出した黄瀬の瞳が色を変える。
「オレは許すつもりないから」
冷静な声に潜む刃物のような鋭さに、全身がゾクリと粟立つ。
「傷付けたんだ、結の心を。許せるわけない」
「黄瀬……さん」
「その後で何が起こるのかなんて、少し考えれば分かったはずだろ?知らなかったなんて言わせない。すぐ誰かに助けを求めるとか、対処の仕方はいくらでもあったんだ」
そんなことは今まで考えたこともなかった。
少しでも、彼女にその強さがあれば、結果は違っていたのだろうか。
結は、黄瀬の力強い言葉に耳を傾けた。
「なのに、逃げた。一人で」
じわりと手のひらが汗ばむ。
だがそれは、あの時のことを思い出したからではない。
「オレは男だから、結の気持ちを本当の意味で分かってあげられない。だから……」
まるで痛みを分かち合うように、カタチのいい眉が苦痛に歪んだ。
「たとえどんな理由があったとしても、結を危険な目に合わせたことだけは、絶対に許すつもりはない」
真剣な声に圧倒され、ただただ魅了される。
何かから守るように、何かを癒すように、頬をつつむ黄瀬の手に、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「ゴメン、こんな話して。オレのこと、怖い?」
「そんなこと……あるわけない、です。嬉しくて」
次々に溢れる涙を拭う指先から、伝わってくるかすかな震え。
胸に込み上げる想いが、さらに結の頬を濡らしてゆく。
「泣かないで」
コツンと合わさる額を合図に、結はゆっくりと目を閉じた。
優しい指が頬をすべるたび、心は水を打ったように平穏を取り戻していく。
「もしかして、オレが気にすると思って言いづらかった?」
「……ごめんなさい」
鋭い指摘に観念して、小声で謝ると、鼻の頭を長い指がピンと弾いた。
「いたっ」
「今日はもう時間切れ。その話は一旦保留……で、今度ふたりでちゃんと話そう」
ゆっくりと立ち上がったその身体は、いつもより何倍も雄々しく結の目に映った。
「ふたり……で?」
「そっスよ。一緒にどうするのがいいか考えよ?それでいい?」
差し出された手に、結は自分の手を重ね合わせた。
「──はい」
その瞳にもう迷いはなかった。