第34章 トラップ
リビングから出るふたりの固く繋がれた手は、目には見えない信頼と絆。
それは、簡単にほどけることはないだろう。
「昨日気分が悪くなったのはそのせいだったんスね。ゴメン、気づいてあげられなくて」
「そんなことありません。ちゃんと……こうして、そばにいてくれたじゃないですか」
そっと腕に寄り添ってくる身体のやわらかさに、黄瀬の頭の中で何かがカチリと音を立てる。
(う、わ……ハニートラップってこんな感じ?無意識ってトコがまた、たまんないっていうか)
煩悩を追い払うように、ふるふると頭を振る金の短髪が乱れる。
「どうしたんですか?」
身長差があるため、どうしても上目遣いになってしまう結の視線が追い打ちをかける。
ドギマギする気持ちを抑え、どこか吹っ切れたような彼女の無邪気な顔を見下ろしながら、黄瀬は大きく息を吐き出した。
「次の日曜、練習来れそ?」
例の女子生徒がまた来るかどうかは分からない。
(オレは、結の憂いが晴れればそれでいい)
心に受けたキズは決して目に見えない。
でも、いつかきっと。
そんな祈りを込めながら、小さな手を強く握りこむ。
「もちろん行きますよ。練習の邪魔をしてしまったこと、みんなにあらためて謝らないと」
「そんなこと、誰も気にしてないってば」
「黄瀬さんにも迷惑かけてしまってすいませんでした。でも、足が震えて頭が真っ白になっちゃって、気が付いたら……」
その何気ない言葉は、スイッチの入りかけた黄瀬にとって十分すぎる一撃。
「それさ……オレ的には嬉しくてたまんないって、分かって言ってる?」
「は、い?」
「んな訳ないか」
公私混同をしない彼女が、咄嗟に頼れる存在であることが──そして、悩みを打ち明けてくれたことが嬉しくて。
(あぁ、もうホント)
黄瀬は、雲に隠れたお日様のような笑みを浮かべながらも、もて余す熱で乾く唇を小さく噛んだ。