第33章 サイン
「も、勘弁してよ……なんスか、その仕打ち。泣くっスよ、マジで」
反応のない恋人にひとり文句を言いながら、黄瀬は暗闇の中では勿体ないような、とびきりの笑顔を見せた。
こんなに誰かを好きになれる日がくるなんて思わなかった。
(あの頃のオレに、教えてあげたいっスわ)
少しずつ色褪せていく世界に、絶望すら覚えはじめていた頃をふと思い出す。
色彩を取り戻すかのような仲間達との出会いと決別。
そして、再び道を見失いかけた足元を厳しく、そして温かく照らしてくれたのは。
「……センパイ達も、元気にしてるっスかね」
かすかに聞こえる寝息をたよりに、やわらかな唇をなぞり、「う……ん」と漏れる甘い吐息に耳を澄ませる。
「よく寝てる……」
今日、何かあったのかと問いつめることは簡単だ。
でも──
(もう少し、待ってみよう)
彼女が自分を必要とした時に、きちんと受け止められるオトコでありたい。
勿論、あまり長く待つつもりはないが。
「ずっとそばにいるから」
目測を誤って鼻の頭におやすみのキス。
朝になったら、おはようのキスくらいは許されるだろうか。
寝起きの顔も
照れた顔も
キスに酔いしれる顔も、一回でも多く目に焼きつけたい
同じ温度になった身体をゆるりと抱きしめて、少しだけ狭いベッドに身を預ける。
「オレの夢……なんて、そんな都合よく見ないか」
暗闇に慣れてきた目に、安心しきって眠る顔を優しく映すと、黄瀬はさざなみのように打ち寄せる眠りに、ゆっくりと落ちていった。
Good night in my arms.