第33章 サイン
何があっても絶対に守ります
そんな言葉だったら許可しないつもりだった。
一方通行では駄目なのだ、うちの頑固な娘には。
「ふふふ、中身も意外にイイオトコじゃない。あんな息子が増えたら嬉しいわ。翔は……そうね、婿に出そうかしら」
鼻唄を歌いながら台所に向かい、夫婦二人分の夕食の支度に取りかかった背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。
「……っくしゅ!」
「水原君、誰かに噂されてるんじゃない?」
「噂は、くしゃみ二回じゃなかったでしたっけ?」
水原翔は、まだムズムズとする鼻を指先で擦った。
夕方になって降りだした雨。
傘を持たずに家を出たのは、ささやかな願いを叶えるためだなんて、我ながら恥ずかしい。
狭い傘の中、必然的に触れ合う恋人の肩を、翔はためらいがちに抱き寄せた。
「水原く……」
「そろそろ名前で呼んでくれませんか?」
足を止めた相合い傘を、通行人が邪魔そうに眉をしかめながら通り過ぎていく。
「俺も敬語……やめるから」
少し強くなった雨粒がパタパタと傘を打つ。
「…………翔、くん?」
雨音に消されてしまいそうな小さな声に、翔は雨雲も吹き飛ばすような、晴れ晴れとした笑みを浮かべた。