第33章 サイン
一気に干上がった喉がゴクリと鳴る。
「──ハイ、分かってます」
「じゃあどうするの。貴方はあの子に何が出来るの?」
「そばにいます」
何の気負いもない澄んだ声に、冷静だった母親の眉がぴくりと動いた。
「オレは……まだ親のスネかじってるガキだし、ヒトとして未熟だってこともよく分かってます。だから、今のオレに出来ることはそれしかありません」
表情を変えず、まっすぐな目を向けてくる母親の顔が、彼女の面影にくっきりと重なる。
色素の薄いふたつの瞳から、迷いの色が消えた。
「前に結は、守られるだけは嫌だって……そうオレに言ってくれたんです。だから、火の粉はふたりで被って、ふたりで追い払おうと思います。勿論、逃げられる時はとっとと逃げますけどね」
「逃げる?意外ね」
「くんし、あやうきにナントカですよ」と知識の切れ端を口にすると、黄瀬はふっ切れたような笑顔を見せた。
「短距離には自信があるの?」
「長距離もかなりイケますよ」
「足、無駄に長いしね。黄瀬君」
「無駄って、酷いっス……」
「あら、ごめんなさい。嘘がつけなくて」とカラカラと笑う声に、肩から力が抜ける。
(あぁ……やっぱ親子だ。間違いなく)
すっかり逸れてしまった会話を切り上げると、二人は顔を見合せてひっそりと笑った。
言葉にして初めて確信するこの想い
これからも共に歩むために、ふたりで手を取り乗り越えていく
そして、絶対に彼女の手は離さない
「黄瀬君、意地悪言ってごめんなさいね。娘をお願いしていいかしら?」
「いえ……こちらこそ、有難うございました。あ、お茶いただきます」
ぬるくなったお茶を飲み干し、ゆっくりと立ち上がる。
「黄瀬くんのお宅には私からも電話しておくわね。あ、くれぐれも男の慎みは忘れないように」と最後に釘を刺されて、黄瀬は肩のカバンをドサリと落とした。
「へ!?それは勿論!……じゃなくて、いや、だから、今日は別にそんなつもりじゃ」
「今日は?」
オタオタする姿に、母親の顔に浮かんだ笑みが深くなる。
「早くあのコのとこ行ってあげて」
「ハイ!」
勢いよく下げた頭を覆う短めの金髪は、精悍な彼によく似合っている。
そう思った。