第33章 サイン
「冷たいお茶でいいかしら?良かったら、夕飯一緒に食べてく?」
天真爛漫を絵にかいたような彼女の母親に「あ、スイマセン。お茶だけいただきます」と夕飯の誘いをやんわり断ると、反射的に顔に貼りつけたのはお得意の営業スマイル。
「どうしたの?何か言いたそうね」
女性の勘は侮れない。
コトリと置かれたコップを前に、黄瀬は、イタズラが見つかった子供みたいに頭をかいた。
「えっと……実は今日、彼女をこのままうちに連れて帰りたいんスけど」
こういう時、なんて言ったらいいのだろう。
(結さんをください!は違うし……て、何考えてんだ、オレ!?)
イケメンの百面相を、見守る瞳がふわりと綻ぶ。
「あら、お泊まりの許可?彼氏が直々に、しかもこんな直球で来るとは思わなかったわ。でも……」
あっさりと真意をくみ取った返答は、あっけらかんとしたものだった。
最後の『でも』を除いては。
「年頃の娘を、はい、そうですかと送り出す親はあまりいないと思うんだけど?」
「そう……ですよね」
じゃ、話は終わりねと背を向けられる前に、「待ってください」と引き留めた真剣な声と、テーブルの上で固く握りしめられた拳は、引くつもりはないのだという決意の表れ。
「今日の結は、少し様子が変なんです。このまま放っとけないっていうか、うまく言えないんですけど……彼女のそばにいたいんです」
それで?と話の続きを促す顔は、変わらずに微笑んでいた。
「うちの親には連絡して許可もらってます。オレも実家だし、やましいことはしないって誓うんで」
(て、自分から言い出す方がマズかったか!?しっかりしろ、黄瀬涼太!)
「黄瀬君。貴方、モテるでしょ」
「へ」
唐突に変わった話題に、黄瀬の目が点になる。
「別に責めてるんじゃないのよ?そのルックスじゃ当然だと思うんだけど、そのことで結に火の粉が降りかかったらどうするつもり?」
淡々とした声だった。
試されているのか、威嚇されているのか。
しかもタイミングが悪いことに、今日はあんなことがあったばかりだ。
判断に迷い唇を噛みしめる黄瀬に、追い打ちをかけるのは柔和なのにズシリと重い声だった。
「あのコは多分、泣き言なんて言わないわよ」