第33章 サイン
メンタル鍛えないと!と気合いを入れる黄瀬の考えが、正解か否かはともかく、ふたりは肩を並べて水原家に向かった。
「お邪魔します」
「黄瀬君、いらっしゃい。あら、髪切ったの?そのぐらい短いのも似合うわね。さ、上がってちょうだい」
翔は今日遅いから、ゆっくりしてってねというさりげない追加コメントは、何もかもお見通しと言わんばかりの母親の余裕か。
「ハハ。ここでも読まれてる……DNAってスゲー」
黄瀬が苦笑いを浮かべたその時、リビングに続く扉からトテトテと近づいてくる軽快な足音に、結の眉は不機嫌に歪んだ。
「足音を聞きつけるとは……なかなかやるわね、メイ」
「にゃ」
バチバチと火花を散らす女の戦い。
「ぷ」
口を押さえて笑いを耐える黄瀬に、しなやかな動きで近づく水原家の猫は、ピンと立てた自慢の尻尾を、これ見よがしに長い足にまとわりつかせた。
「オレに会いたかったんスか?素直で可愛いっスね」
抱き上げられた腕にスッポリと収まって、ゴロゴロと甘えるライバルを横目で見ながら、結はぷぅと頬を膨らませた。
「悪かったですね、素直じゃなくて」
「妬いてんスか?自分ちの猫に?」
「や、妬いてなんか!ちょっと……その、羨ましいだけで」
口の中でもごもごとつぶやいた本音を飲み込むと、なんか言った?と首を傾げる黄瀬の追及の手から逃れるように、結は「汗かいたから着替えてきます!」と二階へ駆けあがっていった。