第32章 アンダー・ザ・シー
「違うのだよ」
「違うって何が?」
高尾は納得するまでここを動かない。そう判断した緑間は、海より深いため息をついた。
「おそらく……病院の入口だ。見てみろ」
「へいへい」
指示通りに目をこらした高尾は、病院の前でキョロキョロと辺りを見回すひとりの女性に、目を丸くした。
「アレって、さっきの……てか、まさか」
「その、まさかなのだよ」
お互いの姿を確認し合ったのだろう。
小さく手をあげる姿に、速度をあげた長い足が水しぶきをあげる。
ふたりが見ているとも知らず、黄瀬は目標に到着すると、その身体に抱きついた。
が、次の瞬間、ドン!と音が聞こえそうなくらい派手に突き飛ばされるというまさかの展開に、高尾は盛大にふき出した。
「ブホッ、何あれ!?人気デルモが吹っ飛ばされてんだけど!」
「彼女は海常の卒業生で、水原先生の娘さん……そして、見ての通り黄瀬の彼女だ。帰るぞ、高尾」
「え、ちょっ、ちょっと待ってよ、真ちゃん!色々謎すぎなんだけど!」
背を向けて歩き出した緑間の傘を追いかけながら、最後に高尾の目の端がとらえたものは、身を屈めた黄瀬が髪をハンカチで拭いてもらっているおまけ付き。
遠目にも、その横顔がだらしなく緩んでいることを、鷹の目は見逃さなかった。
「へぇ。な〜んか、コートの外ではチャラってるだけのヤツだと思ってたけど、黄瀬もあんな顔すんだな。てかさ、今回は大したことなかったけど、色んな情報が海常に筒抜けってことなんじゃねーの?」
ヤバくね?とつぶやいた高尾の言葉に、緑間は小さくかぶりを振った。
「水原さんは、そんな浅はかな女性ではないのだよ」
心外だ、とでも言いたげな声色に「ふ〜ん」と意味深な返事を返すと、好奇心に駆られてもう一度後ろを振り返る。
ひとつの傘を分けあうふたりの姿が、本格的に降りはじめた雨の向こうに遠ざかっていくのを見送りながら、今年も強敵になるであろう海常のエースの背中を強く目に焼きつける。
(絶対に負けねぇけどな)
真剣な想いを胸の奥へ刻みつけると、高尾はヘラヘラといつもの笑みを浮かべた。
「あ〜オレも可愛い彼女が欲しいぜ。そろそろ、真ちゃんの妹ちゃん紹介してくんない?」
「高尾。お前は一度轢くのだよ」
「何それ!宮地サンと何コラボってんの!?真ちゃん、最高っ!」