第32章 アンダー・ザ・シー
ぎゃあぎゃあと……は高尾だけだが、楽しそうに言い争う雰囲気は、どこかで見覚えがあった。
(コートでは戦う相手なんだけど、なんだろ……この憎めない感じ)
結はそんなふたりを微笑ましく見ていたが、ふと思い出したように腕時計に目を落とした。
「あの、今日はこの後予定があって……せっかくのお誘いなのに、スイマセン」
「ええーーっ!?そりゃないっしょ!」
不満顔の高尾に向かって、結は真面目な表情を作ると、眉間に中指をスッと押しあてた。
「そんなことよりも早く怪我を治すのだよ、秀徳の司令塔サン」
「ほえ?」「ナ、何?」
ポカンとする秀徳の名物コンビを残し、結は「失礼します」と頭を下げて、その場から立ち去った。
小さくなる背中を見送りながら、高尾はガクリと肩を落とした。
「あ〜逃げられちゃった……ごめんな、真ちゃん」
「どうして俺に謝るのだよ。大体、彼女は」
「しっかし、真ちゃんのマネ超ウケた〜。てか、なんでオレのポジション知ってんの?もしかしてオレのファン?照れるな〜」
人の話を遮り、あっという間にポジティブに頭を切り替える男は放置するに限る。
(あれが俺の真似、だと?)
緑間は小さく苦笑すると、袋から取り出したまだ温かいおしるこ缶をカシャリと開けた。
「高尾、お前の分もあるぞ。飲むか?」
「要らねーよっ!」
ガタイのいい男が肩を並べて歩く姿に、通行人はひきつった顔で道をあけた。
「こんな日に、どうして傘を持っていないのだよ」
「真ちゃんが持ってっかと思ってさ。てか、男ふたりで相合い傘って、ちょっとイタいわ」
「お前が言うな。嫌なら傘から出ればいいのだよ」
「つれねぇこと言うなって。相棒だろ?」
傘をちゃっかりその相棒に持たせて、病院を離れようとしていた高尾の足がぴたりと止まった。
「アレ〜?真ちゃん以上に目立ってるあの黄色の髪、黄瀬じゃね?」
小雨の中、傘もささずに制服姿で軽やかに走るその姿に、周囲に咲く傘の花がザワザワと色めきたつ。
だが、彼は色とりどりの花には一切目をくれることなく、ネクタイを翻しながら反対側の歩道を走り抜けていった。
「あの先って病院だよな?わざわざ東京まで来るなんて……なぁ、真ちゃん。気になんない?」
高尾の目が、狩人のようにキラリと光った。