第31章 チェンジ!
糖分多めに作られた、自分専用の蜂蜜レモン。
最後のひときれを口に放り込んで、黄瀬は汗とともに流れ出たビタミンを補給した。
「ン、旨い」
気の利くマネージャーが用意した大量の差し入れは、夕方の練習が終わるまでにすべて売り切れていた。
「黄瀬、センパイ。ちょっとお話があるんですけど」
「ん〜?」
口をモゴモゴさせながら何気なく振り向いた黄瀬は、後輩の深刻そうな表情を認めると、端整な顔をきゅっと引き締めた。
その迫力に思わず一歩下がった後輩を、静かに見下ろす瞳はだが穏やかだった。
「言いたいことがあるんだろ?一ノ瀬。なら、遠慮すんな」
「じゃ、じゃあ言わせてもらいますけど、センパイは……黄瀬センパイは知らないんですか?水原さんが、女子達から色々と言われてるの」
いくら公言してないとはいえ、ふたりの間に漂う親密な空気に、嫉妬するなというのは無理な話で。
女子マネージャーを募集していない男子バスケットボール部に、週一回とはいえ当たり前のように出入りする結の存在を、疎ましく思っている女子達の風当たりはキツかった。
口を真一文字に結んで、じっと話を聞いている黄瀬の余裕ある姿が勘にさわったのか、一ノ瀬はまだ幼さの残る顔を険しくゆがめた。
「っ、何か言うことはないんですか?」
「いや、嬉しいなと思ってさ」
「は?ふざけないで下さいっ!」
カッとなって荒らげた声に、後片付けをしていた部員達の視線が一斉に集まる。
だが黄瀬は、その目に優しい色を湛えながら、興奮する後輩をなだめるように言葉をつむいだ。
「心配してくれてありがとな。でも、彼女は大丈夫だから」
「なっ、何が大丈夫なんですか!?今日だって……」
空になったボトルを抱えて体育館の外に向かった結が、故意か偶然か、分厚いバリケードに邪魔されて四苦八苦していたことを知らない者はいないだろう。
「あんなの……見ててツラいです。本当に水原さんの事が好きなら、黄瀬センパイが庇ってあげるべきじゃないんですか!?俺だったら……っ」
思わず口走ってしまった言葉を飲み込んで、気まずそうにうつむいた一年生の頭を、大きな手がくしゃりと撫でる。
「別にノロケるつもりはないんだけどさ……オレが好きになった女は、あのくらいじゃびくともしないよ」