第3章 ロングバージョン
仰向けになったりうつ伏せになったり、黄瀬は落ち着かない様子で、飽きもせずベッドの上を転がった。
「遅いっスね……」
なかなか出てこない待ち人にぽそりとつぶやいた時、カチャリという音とともに浴室から出てきたのは、バスローブ姿でそろりそろりと歩く忍者のような姿。
「オサキニ、イタダキマシタ」
妙なカタコトは彼女がテンパっている証拠だ。
(ぷ、っ)
今日、何度目かになる笑いを必死で押し殺す。
(何スかね。色気ゼロなのに、今すぐ押し倒したくなるこの感じ……)
短絡的な思考を一掃するように「じゃ、オレも軽く浴びてくるかな」と息を止めながら結の横を通り過ぎる。
バタンと大きな音を立てて閉まるドアに凭れ、黄瀬は火照る顔を手で覆った。
「ったく……余裕なさすぎだろ、オレ」
悶々としながら捻ったシャワーから降る冷たい水に、ギャーー!という悲鳴が大理石の浴室に響き渡った。
「ふぅ、まいったっス……ぶはっ!」
タオルで髪を拭きながら部屋に戻った黄瀬は、ベッドにちんまりと正座する姿に我慢出来ず、盛大に噴き出した。
「ム。どうして笑うんですか」
「や、どうしてだろ……クッ」
まだ漏れる笑いを抑えながら、むくれる恋人の隣に腰を降ろすと、黄瀬はその肩をゆっくりと抱き寄せた。
(まぁ、シーツを巻きつけて誘う姿とか想像できないっスけど)
「さっき、悲鳴が聞こえましたけど……まさか」
「あ、バレた?」
「なかなか素敵なお声で」
お返しとばかりにクスリと笑う結の、腕に絡む髪から立ち上る同じ香りが鼻孔をくすぐる。
「髪、乾かさないと風邪ひきますよ?」
「そ?いつもほったらかしなんスよ」
「明日は昼から練習でしたよね?ちゃんと……」と言いかけた真面目な唇を指でそっと封じる。
「んな野暮な話、今夜はダメっしょ」
バサリと捲ったカバーリングはベッドと同じ渋いオーク色。
その下から現れた純白のシーツに目を細めながら、黄瀬は小さな身体をゆっくりと沈めた。
「あ」
「結……」
重なる唇が、息継ぎも忘れてお互いの熱を確かめ合う。
「んぁ……っ」
「結も、髪……濡れてる」
真っ白なシーツに広がる濡れた黒髪を絡めとり、優しく梳きながら、黄瀬のくちづけは深さを増していった。