第30章 トリガー
──結、起きて
やわらかな声に鼓膜を揺らされて、結は浅い眠りから目を覚ました。
「ん……」
渇ききった喉と、ずしりと重く疲労を残す身体。
いつものように抱きしめてくれる温もりがないことに違和感を覚えながら、不安を感じないのは彼の匂いに包まれているせいだろうか。
キシリと軋む音に、のろのろと顔を向ける。
まだ覚醒していない意識の下、部屋着に着替えて枕元に座る恋人の姿が、徐々に輪郭をなしていく。
「……結」
戸惑うような声を追いかけた視線の先、初めて見る黄瀬の表情に、結は嗄れた声をふり絞った。
「りょ、……た」
「喉、渇いてない?水持ってきたけど」
「ど、して……?」
「ん?」
寝ている間に着せてくれたのか、彼の大きなシャツが素肌を滑り落ちる。
ふらりと起きあがる身体を支えてくれる手は、もういつもの優しい手。
「そんな……泣きそうな顔しないで」
驚いた表情は、だが一瞬で曇った。
「ゴメン……あんな無茶して。怖かった、よね?もしかしてオレのこと」
嫌いになった?
言葉の先を予見して、とっさに自分の唇でふさいだ黄瀬のそれは、彼の後悔を表すかのように乾いていた。
「ん、っ」
ピクンと跳ねる肩をなだめるように、結は精一杯腕を伸ばして広い背中を抱きしめた。
何度もキスを繰り返し、鼻先が触れる距離でかさついた唇を熱で潤す。
「好き……」
「え」
「こんなに好きなのに、まだ分からないんですか?」
それはいつも黄瀬に問われる言葉。
「結……っ」
「分かるまで何度でも……涼太」
ふたたび自分から唇を重ねると、腰に回された腕に強く抱きしめられて、歓喜で心臓が止まりそうだ。
許しを乞うような唇を、結は何度も繰り返し啄んだ。
それは、言葉だけでは足りない“好き”の気持ちを伝えるキスの雨。
「大好き。どんな涼太も全部」
「許して、くれんの?」
「バカ……」
わずかに歪む目許に、鼻先に、鈍く光るピアスに、結は精一杯のキスを贈った。